私は、主のみわざを思い起こそう。まことに、昔からのあなたの奇しいわざを思い起こそう。私は、あなたのなさったすべてのことに思いを巡らし、あなたのみわざを、静かに考えよう。(詩篇77 篇11節―12節)

1.申命記81節―18
2.詩篇1031節―14
3.イザヤ書637節―14
4.ペテロの手紙 第一 1章18節ー21節

コロナウイルスは目に見えない敵と称されていますが、その存在はさまざまな症状をもって明らかにされているように、目に見えない神の存在も、パウロが「神の、目に見えない本性、すなわち神の永遠の力と神性は、世界の創造された時からこのかた、被造物によって知られ、はっきりと認められるのであって、彼らの弁解の余地はないのです。(ローマ人への手紙1章20節)」と語っているように、創世記1章や2章において人を含めすべての被造物は神によって創造されこと、しかも罪を犯したアダムとエバのために皮の衣を作って着せてくださったように(創世記3章21節)、あわれみと恵みに満ちておられる方で、目に見えない神がどれほどの力があるかを旧約聖書の記事の中で明らかにされています。ところで、ヘブル人への手紙1章1節―2節が「神は、むかし父祖たちに、預言者たちを通して、多くの部分に分け、また、いろいろな方法で語られましたが、この終わりの時には、御子によって、私たちに語られました。神は御子を万物の相続者とし、また御子によって世界を造られました。」と、ヨハネの福音書1章18節が「いまだかつて神を見た者はいない。父のふところにおられるひとり子の神が、神を説き明かされたのである。」と語っているように目に見えない神がどのような方で、どれほどの力があるかをイエス様によって明らかにされたのでした。イスラエルの民は神がなされた数々の奇蹟を体験し、神がどんな偉大な方であるかを知っていたはずなのに、欲に支配されてつぶやいたり、約束の地を偵察した12人のうち、ヨシュアとカレブ以外の10部族の族長たちは自分たちが目にした巨人と自分たちを比較して恐れに支配されたおですが、そお原因は、神である主のみわざを忘れたことにあるのではないでしょうか。毎日コロナウイルスに関するさまざまな議論がなされていますが、今日の聖句が「私は、主のみわざを思い起こそう。まことに、昔からのあなたの奇しいわざを思い起こそう。私は、あなたのなさったすべてのことに思いを巡らし、あなたのみわざを、静かに考えよう。」と勧めているように、キリスト者には恐怖に陥れる奴隷の霊でなく御霊が与えられていることを感謝し、この時期、静まって、人類を救うために御子をお遣わしくださった神の愛を、神の愛を十字架によって示された恵みとまことに満ちておられるイエス様のことを、深く考えようではありませんか。