何をするにも、人に対してではなく、主に対してするように、心からしなさい。(コロサイ人への手紙3章23節)

1.マタイの福音書2531節―40
2.使徒の働き262節―20
3.エペソ人への手紙6章6節―7

人を裁く権威を父なる神から与えられたイエス様は最後の審判のとき羊をご自分の右に、山羊を左に置き、右にいる者たちに「さあ、わたしの父に祝福された人たち。世の初めから、あなたがたのために備えられた御国を継ぎなさい。あなたがたは、わたしが空腹であったとき、わたしに食べ物を与え、わたしが渇いていたとき、わたしに飲ませ、わたしが旅人であったとき、わたしに宿を貸し、わたしが裸のとき、わたしに着る物を与え、わたしが病気したとき、わたしを見舞い、わたしが牢にいたとき、わたしをたずねてくれたからです。」と仰せられると、彼らはいつそのようなことをしたのかを主に問うと、主は「まことに、あなたがたに告げます。あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、しかも最も小さい者たちのひとりにしたのは、わたしにしたのです。」と仰せられたのでした(マタイの福音書25章31節―40節)。パリサイ人として生きていた時のサウロとも呼ばれたパウロは聖霊を持っていなかったので、神のみこころを知らず、自分の考えでキリスト者を迫害していたのですが、ダマスコに向かう途上で主から「サウロ、サウロ。なぜわたしを迫害するのか」と声をかけられ、自分が迫害していたのは、キリスト者ではなくイエス様であることを知ったのでした(使徒の働き9章1節―6節)。聖霊に満たされたパウロは「私は使徒の中では最も小さい者であって、使徒と呼ばれる価値のない者です。なぜなら、私は神の教会を迫害したからです。ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました。そして、私に対するこの神の恵みは、むだにはならず、私はほかのすべての使徒たちよりも多く働きました。しかし、それは私ではなく、私にある神の恵みです。(コリント人への手紙 第一 15章9節― 10節)」と神の恵みを知る者、「神は、すべての人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられます。(テモテへの手紙2章4節)」と神のみこころを知る者となったのでした。今日の聖句「何をするにも、人に対してではなく、主に対してするように、心からしなさい。」はその体験に基づいたパウロのことばです。すべての人は神の恵みによって生かされていることを、すべてのキリスト者のうちには聖霊なる神としてイエス様が内住されていることを覚えてパウロの勧めているように、何をするにしても主に遣えていることにつながることを忘れないで生きるようにしようではありませんか。