わたしがわたしの羊を飼い、わたしが彼らをいこわせる。―神である主の御告げーわたしは失われたものを捜し、迷い出たものを連れ戻し、傷ついたものを包み、病気のものを力づける。わたしは、肥えたものと強いものを滅ぼす。わたしは正しいさばきをもって彼らを養う。(エゼキエル書34章15節―16節)
1.サムエル記第一 1章9節―18節
2.詩篇23篇1節―6節
3.ルカの福音書15章1節―10節
4.ルカの福音書19章1節―10節
イエス様は「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。(マタイの福音書11章28節―30節)」と、しかも「わたしは良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます。(ヨハネの福音書10章11節)」と、罪人のために神がいのちをもって悪魔の支配から贖い出してくださるだけでなく、良い牧者として養い育ててくださることを、安らぎを与えてくださることを語っています。ソロモンは「日の下」すなわち神を考慮しないこの世を見て「私は再び、日の下で行われるいっさいのしいたげを見た。見よ。しいたげられている者の涙を。彼らには慰める者がいない。しいたげる者は権力をふるう。しかし、彼らには慰める者がいない。(伝道者の書4章1節)」と、嘆いていますが、今日の聖句は「わたしがわたしの羊を飼い、わたしが彼らをいこわせる。―神である主の御告げーわたしは失われたものを捜し、迷い出たものを連れ戻し、傷ついたものを包み、病気のものを力づける。わたしは、肥えたものと強いものを滅ぼす。わたしは正しいさばきをもって彼らを養う。」と、希望を語っています。その希望を、イエス様が成就してくださったのです。この世に心が向いてしまい、みことばから迷い出たり、人のことばに傷ついたり、病気になったとき、今日の聖句と詩篇62篇8節「民よ。どんなときにも、神に信頼せよ。あなたがたの心を神の御前に注ぎ出せ。神はわれらの避けどころである」を思い起こして、主に心のうちを正直に申し上げるとともに、主は牧者であって何が必要なのかをよくご存知で世話をしてくださる方であることを感謝しようではありませんか。