欲の深い人は争いを引き起こす。しかし主に拠り頼む人は豊かになる。(箴言28章25節)

1.ルカの福音書1213節―15
2.エペソ人への手紙21節―10
3.ヤコブの手紙41節―15

今はどうかわかりませんが、「欲がないから勉強しない」とか「欲がないから出世しない」とか、働く意欲があれば豊かさを得ることができるかのように、「欲」が行いの原動力で、「欲」があるかないかによって生き方が変わるかのように話しているのをよく耳にしましたが、ヤコブの手紙1章13節―16節は「だれでも誘惑に会ったとき、神によって誘惑された、と言ってはいけません。神は悪に誘惑されることのない方であり、ご自分でだれを誘惑なさることもありません。人はそれぞれ自分の欲に引かれ、おびき寄せられて、誘惑されるのです。欲がはらむと罪を生み、罪が熟すると死を生みます。愛する兄弟たち。だまされないようにしなさい。」と、欲に支配されないように警告しています。イスラエルの民はエジプトでも多くの奇蹟を体験し、紅海では、追ってきたエジプト軍が溺死したのを見て神の偉大さを誉めたたえたのですが、イスラエルの民に混じってきた者が激しい欲望にかられると民も同調して「ああ、肉が食べたい。エジプトではただで魚を食べていたことを思い出す。きゅうりも、すか、にら、たまねぎ、にんにくも。だが今や、私たちののどは干からびてしまった。何もなくて、このマナを見るだけだ。」と、神のみわざを忘れ、激しい欲望にかられて荒野で主を試みたのでした(民数記11章4節―6節、詩篇106篇14節)。世の人々と同じようにキリスト者も欲に支配されると、神に感謝することを忘れ、神に反抗するような生き方をしてしまうのではないでしょうか(ヤコブの手紙4章4節)。ヤコブの手紙4章1節は「何が原因で、あなたがたの間に戦いや争いがあるのでしょう。あなたがたのからだの中で戦う欲望が原因ではありませんか。」と、今日の聖句も「欲の深い人は争いを引き起こす。しかし主に拠り頼む人は豊かになる。」と、戦いや争いの原因が欲にあることを語るとともに、まことの豊かさは主との関係にあることを語っています。イエス様の「また、祈るとき、異邦人のように同じことばを、ただくり返してはいけません。彼らはことば数が多ければ聞かれると思っているのです。だから、彼らのまねをしてはいけません。あなたがたの父なる神は、あなたがたがお願いする先に、あなたがたに必要なものを知っておられるからです。(マタイの福音書6章7節―8節)」と、パウロの「私たちのすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう。(ローマ人への手紙8章32節)」ということばを心にしっかり据えて主を信頼し、主を賛美し、この世が与えることのできない心の豊かさの中に生きようではありませんか。