耳を傾け、わたしのところに出て来い。聞け、そうすれば、あなたがたは生きる。わたしはあなたがたととこしえの契約、ダビデへの変わらない愛の契約を結ぶ。(イザヤ書55章3節)

1.サムエル記 第二 712節―16
2.イザヤ書511節―8
3.ヨハネの福音書515節―44

ローマ人への手紙16章17節-18節は「兄弟たち、私はあなたがたに願います。あなたがたの学んだ教えにそむいて、分裂とつまずきを引き起こす人たちを警戒しなさい。彼らから遠ざかりなさい。そういう人たちは、私たちの主キリストに仕えないで、自分の欲(口語訳:腹)に仕えているのです。彼らは、なめらかなことば、へつらいのことばをもって純朴な人たちの心をだましているのです。」と、人をだます人の特徴を語っています。ところで、政治家にしても多くの人が自分の利益を求めて人をだますような生き方をしているのは、ヨハネの手紙 第一 2章15節―16節が「世をも、世にあるものをも、愛してはなりません。もしだれでも世を愛しているなら、その人のうちに御父を愛する愛はありません。すべて世にあるもの、すなわち、肉の欲、目の欲、暮らし向きの自慢などは、御父から出たものではなく、この世から出たものだからです。」と、語っているようにこの世はさまざまな「欲」と「自慢」すなわち「高ぶり」で構成されているからではないでしょうか。しかし、パウロが「私たちは真実でなくても、彼は常に真実である。彼はご自身を否むことができないからである。(テモテへの手紙第二2章13節)」と語っているように、神は人をだますような方ではなく詩篇33篇9節―11節が「まことに、主は仰せられると、そのようになり、主が命じられると、それは堅く立つ。主は国々のはかりごとを無効にし、国々の民の計画をむなしくされる。主のはかりごとはとこしえに立ち、御心の計画は夜々に至る。」と語っています。今日の聖句は「耳を傾け、わたしのところに出て来い。聞け、そうすれば、あなたがたは生きる。わたしはあなたがたととこしえの契約、ダビデへの変わらない愛の契約を結ぶ。」と、ダビデの契約について触れています。主はダビデにダビデの子孫が罪を犯した時には人の杖、人のむちをもって懲らしめるけれども主の恵み(英訳:愛)を取り去ることはない、と約束され、その契約はイエス・キリストの十字架によって成就されたのです。ですからイエス様がとりなしていてくださるのでキリスト者は罪に定められることがないばかりかキリスト・イエスにある神の愛からどんなことも引き離すことができないことをローマ人への手紙8章33節―38節は語っているみことばに生き、さまざまな失敗をした時、自分を責めるのではなく十字架によって成就した恵みと神の愛はなくなることがないことを,しかも永遠のいのちが与えられている事を感謝して生きようではありませんか。