平和の神ご自身が、あなたがたを全く聖なるものとしてくださいますように。主イエス・キリストの来臨のとき、責められるところのないように、あなたがたの霊、たましい、からだが完全に守られますように。(テサロニケへの手紙 第一5章23節)

1.申命記141節―2
2.コリント人への手紙 第一 69節―11
3.エペソ人への手紙13節―6
4.ピリピ人への手紙1章1節―6節

イエス様が祈りを終えられると、弟子のひとりが「主よ。ヨハネが弟子たちに教えたように、私たちにも祈りを教えてください。」と申し上げたので(ルカの福音書11章1節)、イエス様は「こう祈りなさい。天にいます私たちの父よ。御名があがめられますように。御国が来ますように。みこころが天で行われるように地でも行われますように。私たちの日ごとの糧を今日もお与えください。私たちの負いめをお赦しください。私たちも、私たちに負い目のある人たちを赦しました。私たちを試みに会わせないで、悪からお救いください。(マタイの福音書6章9節―13節)」と、教えられましたが、イエス様が、エルサレムで長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、そして三日目によみがえらなければならないことを弟子たちに示し始めると、ペテロは「主よ。神の御恵みがありますように。そんなことが、あなたに起こるはずはありません。」とイエス様を引き寄せていさめ始めたので、イエス様が振り向いて「下がれ。サタン。あなたはわたしの邪魔をするものだ。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている。」とペテロに仰せられたように、世全体を支配している悪魔は、キリスト者に触れることはできませんが(ヨハネの手紙 第一5章18節―19節)、神のことばを完全に否定し、偽りのことばをもってエバを誘惑したように、キリスト者が罪を犯すように仕向けて火矢を放つのですが、その火矢を消すことができるのは神の武具である信仰の大楯であることをパウロは語っています(エペソ人への手紙6章16節)。ところで、イエス様がペテロに「シモン。シモン。見なさい。サタンが、あなたがたを麦のようにふるいにかけることを願って聞き届けられました。しかし、わたしは、あなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈りました。だからあなたは、立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。(ルカの福音書22章31節―32節)」と仰せられたように私たちのためにもとりなしていてくださるのです。パウロの祈りである今日の聖句「平和の神ご自身が、あなたがたを全く聖なるものとしてくださいますように。主イエス・キリストの来臨のとき、責められるところのないように、あなたがたの霊、たましい、からだが完全に守られますように。」をもって、すべてのキリスト者のために祈ろうではありませんか。