「遠い大昔の事を思い出せ。わたしが神である。ほかにはいない。わたしのような神はいない。わたしは、終わりの事を初めから告げ、まだなされていない事を昔から告げ、『わたしのはかりごとは成就し、わたしの望む事をすべて成し遂げる』と言う。」(イザヤ書46章9節―10節)

1.創世記31節―19
2.箴言19章21節
3.エペソ人への手紙21節―12
4.エペソ人への手紙21節―10

温暖化が進み、今までの自然形態に変化がもたらされ、今までにないほどの自然災害が世界に臨んでいるだけでなく、人は平和を願いながらも、テロが横行したり、人を無差別に殺害したりするような人があらわれるだけでなく、中近東に見られるように民族や宗教を背景に紛争が起こっている状況やヨーロッパでも民族間の対立によって国が分裂し、かつての地図が塗り替えられるようなことが起こっているのに驚きを覚えたものですが、イエス様は「人に惑わされないように気をつけなさい。わたしの名を名のる者が大ぜい現れ、『私こそキリストだ』と言って、多くの人を惑わすでしょう。また、戦争のことや、戦争のうわさを聞くでしょうが、気をつけて、あわてないようにしなさい。これらのことは必ず起こることです。しかし、終わりが来たのではありません。民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり、方々にききんと地震が起こります。しかし、そのようなことはみな、産みの苦しみの初まりなのです。」と、世の終わりの前兆がどのようなものであるかを語っておられました。ところで、神は罪を犯させるようにエバを惑わした蛇、すなわち悪魔に「わたしは、おまえと女との間に、また、おまえの子孫と女の子孫との間に、敵意を置く、彼は、おまえの頭を踏み砕き、おまえは、彼のかかとにかみつく。」と、悪魔が致命傷を負って敗北すること、おまえの子孫、すなわち、イエス様がイエス様を殺そうとしたユダヤ人のことを「悪魔の子」と称したように(ヨハネの福音書8章44節)ユダヤ人によって、女の子孫、すなわちダビデの子として御降誕されたイエス様の十字架刑を預言されたのでした(創世記3章1節―15節)。ですから、今日の聖句は「遠い大昔の事を思い出せ。わたしが神である。ほかにはいない。わたしのような神はいない。わたしは、終わりの事を初めから告げ、まだなされていない事を昔から告げ、『わたしのはかりごとは成就し、わたしの望む事をすべて成し遂げる』と言う。」と語っています。イスラエルの神はこの世の神々とは全く異なった存在で、すべてを創造された神であるだけでなく、人が罪を犯した途端に神は人類の救いを計画された方であり、御子イエス様を人としてこの世にお遣わしになったのでした。そして、御子イエス様は父のみこころを十字架で成就され人類の救いを完成されたのでした。世の人々は、「神から罰があたる」と言いますが、神は罰を与える方ではなく、人類の罰はイエス様が十字架で処理してくださったのです。かつて、キリスト者を迫害していたパウロが神のみこころを「神の願いはすべての人が救われて真理を知ることです。神は唯一です。また、神と人との間の仲介者も唯一であって、それは人としてのキリスト・イエスです(テモテへの手紙 第一2章4節―5節)」と語っていることばを心に留め、救われていることで満足するのではなく、パウロのように真理のお方であるイエス様を深く知って生きるようにしようではありませんか(コリント人への手紙 第一2章1節―2節)。

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