聖書箇所

私たちの主であり救い主であるイエス・キリストの恵みと知識において成長しなさい。このキリストに、栄光が、今も永遠の日に至るまでもありますように。アーメン。(ペテロの手紙 第二3章18節)

<関連聖句>

1.詩篇10733節―43
2.ヨハネの福音書114節―17
3.コリント人への手紙 第一 23節―12
4.コロサイ人への手紙1章1節―14節

<メッセージ>

パウロはエペソの教会の聖徒たちに、イエス様を信じる前は、罪を犯したなら、必ず刑罰が伴うために、すでに死に当たるような有罪判決が下されていただけでなく、罪と妥協できないために、神の御怒りのもとにあったことを語るとともに、愛に満ちた神は、恵みとまことに満ちておられる御子イエス様をお遣わしになり、十字架で罪の罰を受けてくださったイエス様を信じるなら、行いによるのではなく、恵みによって救われる道を神様はプレゼントしてくださったことを語りました(エペソ人への手紙2章1節―8節)。今日の聖句は「私たちの主であり救い主であるイエス・キリストの恵みと知識において成長しなさい。」と、勧めています。なぜなら、コロサイ人への手紙1章6節が「この福音は、あなたがたが神の恵みを聞き、それをほんとうに理解したとき以来、あなたがたの間でも見られるとおりの勢いをもって、世界中で、実を結び広がり続けています。福音はそのようにしてあなたがたに届いたのです。」と、語っているように福音宣教は恵みを本当に理解した人々によって勢いをもってなされるからです。私たちは多くの失敗をする者ですが、ヘブル人への手紙4章16節は「私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、おりになかった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。」と勧めています。イエス様から「五百デナリと五十デナリの借金を免除された者のうちどちらがよけいに金貸を愛するようになるでしょうか。」と聞かれたペテロは「よけいに赦してもらった方だと思います。」と答えると、イエス様は「その判断は当たっています。」と言われました。「恵みの座」は、自分の過ちを主に正直に申し上げるとともに、十字架によってもたらされた恵みと助けを求める場です。自分の足らなさや不完全さを嘆くのではなく、ローマ人への手紙5章20節が「律法が入って来たのは、違反が増し加わるためです。しかし、罪の増し加わるところには、恵みも満ちあふれました。」と語っているように、キリスト者の全生涯の罪の罰を十字架でイエス様が受けてくださり神の御怒りからも救われていることを、聖霊様によって神の愛が与えられている恵みを感謝し、主に栄光を帰して生きようではありませんか。