詩篇94篇14節

まことに、主は、ご自分の民を見放さず、ご自分のものである民を、お見捨てになりません。

<関連聖句>

1.サムエル記 第二 7章8節―16節
2.イザヤ書42章24節―43章4節
3.ルカの福音書22章31節ー34節
4.ヨハネの福音書14章1節―19節

<メッセージ>

イスラエルの長老たちは、サムエルの息子たちが父の道を歩まず、利得を追い求め、わいろを取り、さばきを曲げていたので、「今や、あなたはお年を召され、あなたのご子息たちは、あなたの道を歩みません。どうか、今、ほかのすべての国民のように、私たちをさばく王を立ててください。」と、言われたサムエルは、そのことばが気に入らず主に祈ると、主は「この民があなたに言うとおりに、民の声を聞き入れよ。それはあなたを退けたのではなく、彼らを治めているこのわたしを退けたのであるから。わたしが彼らをエジプトから連れ上った日から今日に至まで、彼らのした事といえば、わたしを捨てて、ほかの神々に仕えたことだった。そのように、彼らは、あなたにもしているのだ。今、彼らの声を聞け、ただし、彼らに厳しく警告し、彼らを治める王の権利を彼らに知らせよ。」と仰せられたので、王の権利について説明しましたが、それでも民は王を欲しがったので、主は「彼らの言うことを聞き、彼らにひとりの王を立てよ。」と仰せられ、サウルのもとにサムエルを遣わして最初の王としてに油を注ぐように指示したのでした。

イスラエルの歴史を見ると、神と神の約束を信じないで主をないがしろにしたことが何度も見られますが、民が神を捨てても、今日の聖句が「まことに、主は、ご自分の民を見放さず、ご自分のものである民を、お見捨てになりません。」と語っているように、サウル王を初代の王にするようにサムエルを遣わしただけでなく、神が約束している地はどのような地であり、どのような民族が住んでいるかという情報をモーセにはっきり与えていたにも関わらず(出エジプト記3章8節)、モーセが約束の地を探らせに人を遣わそうと迫った民の意見に同意したので(申命記1章22節―23節)、主は人選を自分たちの思いで勝手に選ぶのではなくモーセに各部族の族長を遣わすように助言されたのでした(民数記13章1節)。

主がダビデに「わたしは彼にとって父となり、彼がわたしにとって子となる。もし彼が罪を犯すときは、わたしは人の杖、人の子のむちをもって彼を懲らしめる。しかし、わたしは、あなたの前からサウルを取り除いて、わたしの恵み(英訳:愛)をそのように、彼から取り去ることはない。(サムエル記 第二 7章14節―15節)」と約束されたように、イエス様が「わたしは、あなたがたを捨てて孤児にはしません。(ヨハネの福音書14章18節)」と仰せられたように、イエス様を三度否むペテロに「あなたの信仰がなくならいように、あなたのために祈りました。」ととりなされたのでした。同様に、私たちが主の御心を求めず数々の失敗をくり返しても、キリスト・イエスにある神の愛は消滅するのではなく、主は私たちのためにとりなしていてくださり(ローマ人への手紙8章33節―39節)、回復を与えてくださるのです。神の子、神の家族(エペソ人への手紙2章19節)とされている事を感謝して生きようではありませんか。』