イザヤ書35章3節—4節

弱った手を強め、よろめくひざをしっかりさせよ。心騒ぐ者たちに言え。「強くあれ、恐れるな。見よ。あなたがたの神を。復讐が、神の報いが来る。神は来て、あなたがたを救われる。」

<関連聖句>

1.イザヤ書25章1節—9節
2.ヘブル人への手紙2章10節—18節
3.ヘブル人への手紙12章2節—13節

<メッセージ>

神がアダムに「あなたは、園のどこ木からでも思いのまま食べてよい。

しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。

それを取って食べるとき、あなたは必ず死ぬ。」と仰せられた警告を蛇に化身した悪魔は「あなたがたは決して死にません。

あなたがたがそれを食べるその時、あなたがたの目が開け、あなたがたが神のようになり、善悪を知るようになることを神は知っているのです。」と、神のことばを完全否定しただけでなく、神が禁じた理由を語り、神の警告を直接聞いていなかったエバが罪を置かすように仕向けたのでした。

その結果エバもアダムも善悪の知識の木から取って食べた事によって、恥や恐れが人類に臨んだのでした。

サタンは神に反抗しただけでなく人を自分の支配下に置く事に成功したのですが、ヘブル人への手紙2章14節—15節が「子たちはみな血と肉とを持っているので、主もまた同じように、これらのものをお持ちになりました。

これは、その死によって、悪魔という、死の力を持つ者を滅ぼし、一生死の恐怖につながれ奴隷となっていた人々を解放してくださるためでした。」と語っているように、人類の敵である悪魔や悪霊を滅ぼすために神は御子イエス様を人としてこの世にお遣わしになったのでしたが、悪魔や悪霊を完全に滅ぼす前に、罪を取り除くために来られましたが、二度目は罪を負うためではなく、主を待ち望んでいる人々の救いのために来られ(ヘブル人への手紙9章28節)、悪魔は火と硫黄との池に投げ込まれ永遠に昼も夜も苦しみを受けるのです(黙示録20章10節)が、まだ主が再臨されておられないので、悪魔は今も人々に恐れをもたらす働きをしていますが、ローマ人への手紙8章15節が「あなたがたは、人を再び恐怖に陥れるような、奴隷の霊を受けたのではなく、子としてくださる御霊を受けたのです。

私たちは御霊によって『アバ、父』と呼びます。」と語っているようにキリスト者は恐怖心を与える悪魔や悪霊の支配から解放され神の子とされているのです。

悪魔はキリスト者に触れる事はできませんが、悪魔はキリスト者を火の矢をもって攻撃し、思い煩いや恐れを私たちの思いの中に投げかけて来ますが、思い煩いや恐れをもたらす問題を見るのではなく、今日の聖句が「強くあれ、恐れるな。

見よ。

あなたがたの神を。

復讐が、神の報いが来る。

神は来て、あなたがたを救われる。」と、ヤコブの手紙4章7節が「神に従いなさい。

そして、悪魔に立ち向かいなさい。

そうすれば、悪魔はあなたがたから逃げ去ります。」勧めているように、全能者なる神を見上げ、神に従って生きる、すなわち思い煩いをいっさい神にゆだねて生きようではありませんか。