主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます。(詩篇23篇1節―2節)
1.マタイの福音書6章7節―13節及び30節―33節
2.ヨハネの福音書6章32節―35 節
3.ヨハネの福音書10章10節―16節
4. テモテへの手紙第一6章2節―11節
ダビデは巨人でペリシテ人のゴリアテを恐れていたサウル王に「しもべは、父のために羊の群れを飼っています。獅子や、熊が来て、群れの羊を取って行くと、私はそのあとを追って出て、それを殺し、その口から羊を救い出します。それが私に襲いかかるときは、そのひげをつかんで打ち殺しています。このしもべは、獅子でも、熊でも打ち殺しました。あの割礼を受けていないペリシテ人も、これらの獣の一匹のようになるでしょう。生ける神の陣をなぶったのですから。獅子や、熊の爪から私を救い出してくださった主は、あのペリシテ人の手からも私を救い出してくださいます。」と申し上げたように、ダビデは主の御名によって小石一つを持ってゴリアテを倒したように、ダビデが「主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。」と語ってから「主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます。」とも語っているのは、彼自身が羊飼いであ離、羊飼いの働きを知っていたからではないでしょうか。イエス様は「わたしがいのちのパンです。わたしに来る者は飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。(ヨハネの福音書6章35節)」と約束されました。パウロは「満ち足りた心を伴う敬虔こそ多くの利益を受ける道です(テモテへの手紙第一6章6節)」と語っています。永遠のいのちを、どんな時にも満ち足りる心を与えてくださる信仰の創始者であり、完成者であり、十字架の死をもって神の愛を示された私たちの良い羊飼いであるイエス様を仰ぎ見て生きるように心がけようではありませんか。