わたしは彼らに、わたしが主であることを知る心を与える。彼らはわたしの民となり、わたしは彼らの神となる。彼らが心を尽くしてわたしに立ち返る。(エレミヤ書24章7節)

1.サムエル記第二7章12節―15節
2.列王記第一18章19節―39節
3.エゼキエル書11章19節―20節
4.エペソ人への手紙1章14節―19節

ヨハネの福音書1章9節―11節が「すべての人を照らすまことの光が世に来ようとしていた。この方はもとから世におられ、世はこの方によって造られたのに、世はこの方を知らなかった。この方はご自分のくにに来られたのに、ご自分の民は受け入れなかった。」と語っているように、パウロは神の民とされていたユダヤ人でありながら律法に対して熱心でしたが、聖霊を持たず、パリサイ人や律法学者、祭司長やユダヤ人の指導者と同じように、自分の考えでナザレ人イエスの名に強硬に敵対すべきと考えてキリスト者を迫害していたのですが、今日の聖句が「わたしは彼らに、わたしが主であることを知る心を与える。彼らはわたしの民となり、わたしは彼らの神となる。彼らが心を尽くしてわたしに立ち返る」と語っているように、イエス様の方からご自身を現わされただけでなく視力を失ったパウロのもとにアナニヤをお遣わしになり視力を回復されただけでなく聖霊で満たされたので、キリスト者となったパウロは「聖霊によるのでなければ、だれも、『イエスは主です』と言うことはできません。(コリント人への手紙第一12章3節)」と語るとともに、エペソの聖徒たちのために「どうか、私たちの主イエス・キリストの神、すなわち栄光の父が、神を知るための知恵と啓示の御霊を、あなたがたに与えてくださいますように。(エペソ人への手紙1章17節)」と祈られたように、お互いのためだけでなく、私たちも主が未信者の家族や友人たちのために主を知る心を与えてくださるように祈ろうではありませんか。