恵みとまことによって、咎は贖われる。主を恐れることによって、人は悪を離れる。(箴言16章6節)
1.箴言3章1節―8節
2.伝道者の書12章9節―14節
3.ヨハネの福音書1章 14節―17節
4.エペソ人への手紙2章1節―10節
律法による自分の義に生きていた時には自分のうちに罪があることがわからずにキリスト者を迫害していたのですが、キリスト者となったパウロは「「私は、私のうち、すなわち、私の肉のうちに善が住んでいないことを知っています。私には善をしたいという願いがいつもあるのに、それを実行することがないからです。私は、自分でしたいと思う善を行わないで、かえって、したくない悪を行っています。もし私が自分でしたくないことをしているのであれば、それを行っているのは、もはや私ではなくて、私のうちに住む罪です。そういうわけで、私は、善をしたいと願っているのですが、その私に悪が宿っているという原理を見いだすのです。」と、自分のうちに罪が宿っていることを知り、「私は、ほんとうにみじめな(無価値な)人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか。」と嘆かれましたが(ローマ人への手紙7章18節―24節)、今日の聖句が「恵みとまことによって、咎は贖われる。」と、エペソの聖徒たちに、キリストを信じる前は自分の罪禍と罪との中に死んでいた者であり、神の御怒りを受けるような者でしたが、「あわれみ豊かな神は、私たちを愛してくださったその大きな愛のゆえに、罪禍の中に死んでいたこの私たちをキリストとともに生かしーあなたがたが救われたのは、ただ恵みによるのですー」と、恵みとまことを実現してくださったキリスト以外に救いをもたらす方はおられないことを話されました。今日の聖句は人が悪を離れる秘訣を「主を恐れること」、すなわち神に対して畏敬の念を持つことを語っています。人を救うために愛する御子イエス様を人としてお遣わしになった父なる神と十字架の死をもって恵みとまことを実現され、信仰がなくならないように祈っていてくださるイエス様から目を離さないように心がけようではありませんか。