知恵を得ることは、黄金を得るよりはるかにまさる。悟りを得ることは銀を得るよりも望ましい。(箴言16章16節)

1.エレミヤ書9章23節―24節
2.使徒の働き3章1 節―16節
3.ペテロの手紙第一1章18節―21節
4.エペソ人への手紙1章16節―23節

今日の聖句は「知恵を得ることは、黄金を得るよりはるかにまさる。悟りを得ることは銀を得るよりも望ましい。」と、通常、人は金銀を求めますが、金や銀よりも知恵と悟りを得ることのほうが大切であることを語っていますが、パウロが「知者はどこにいるのですか。学者はどこにいるのですか。この世の議論家はどこにいるのですか。神は、この世の知恵を愚かなものにされたではありませんか。事実この世が自分の知恵によって神を知ることがないのは、神の知恵によるのです。」と語っているように、黄金よりまさっている知恵はヤコブも語っているように(ヤコブの手紙3章14節―17節)、この世の知恵ではなく上からの知恵、すなわち神の知恵であり、パウロが「どうか、私たちの主イエス・キリストの神、すなわち栄光の父が、神を知るための知恵と啓示の御霊を、あなたがたに与えてくださいますように。(エペソ人への手紙1章17 節)」と祈っておられるように、イエス様が「助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、また、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。(ヨハネの福音書14章26節)」と仰せられたように、悟りは自分の力によるものではなく聖霊によって与えられるものであることがわかります。聖霊に満たされたペテロは「金銀は私にはない。しかし、私にあるものを上げよう。ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい。」と言って生まれつき足のなえた人の右の手を取って立たせると歩きだしたのでした。ペテロはイエスの御名の威力を、そして、信仰はイエス様によって与えられるものであることを悟ったのでした。この世の知恵や人の知恵にほんろうされないように、悟りを与えてくださる聖霊を悲しませないように、神の知恵であるみことばをしっかり握って生きるように心がけようではありませんか。