神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。(ローマ人への手紙8章28節)
1.創世記50章15節―21節
2.詩編119篇65節―72節
3. テモテへの手紙第一1章12節―17節
4.ペテロの手紙第二1章2節―10節
ヨセフは兄弟たちから妬まれてイシュマエ人に売られ、エジプトに連れて行かれたのですが、パロの夢を解き明かしたことによって、全土を支配する権威を与えられただけでなく、ききんが来る前に食料を蓄えて備えたためにききんが全世界に及んでもエジプトには食料があったので、世界中が、ヨセフを売ってしまった兄弟たちも食糧を買いに来てヨセフと家族が再会したのですが、ヤコブが亡くなると兄弟たちはひれ伏して「私たちはあなたの奴隷です。」と言ってヨセフに赦しを求めると、ヨセフは「『恐れることはありません。どうして、私が神の代わりでしょうか。あなたがたは、私に悪を計りましたが、神はそれを、良いことのために計らいなさいました。それは、きょうのようにして、多くの人々を生かしておくためでした。ですから、もう恐れることはありません。私はあなたがたや、あなたがたの子どもたちを養いましょう。』と彼らを慰め、優しく語りかけた。」とあるように、ヨセフの記事は神のご計画の偉大さを語っているのではないでしょうか。イエス様が「あなたがたはみな、今夜、わたしのゆえにつまずきます。」と仰せられると、ペテロは「たとい全部の者があなたにつまずいても、私は決してつまずきません(マタイの福音書26章31節―33節)。主よ。ごいっしょになら、牢であろうと死であろうと、覚悟はできております。(ルカの福音書22章35節)」と申し上げましたが、主が仰せられたように三度イエス様のことを知らないと言いながら挫折したのですが、その結果「あなたがたの信仰と希望は神にかかっている。」と信仰の奥義を悟ったのでした。ヨセフが経験したように人が何をしようと、ペテロのように自分が失敗しても、召されていることを忘れずに(ペテロの手紙 第二1章10節)、教会を迫害していましたが、主と主の恵みを、キリスト・イエスにある神の愛を知る者とされたパウロのように「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。」と告白して生きるように心がけようではありませんか。