主はこう仰せられる「知恵ある者は自分の知恵を誇るな。つわものは自分の強さを誇るな。富む者は自分の富を誇るな。誇る者は、ただ、これを誇れ。悟りを得て、わたしを知っていることを。わたしは主であって、地に恵みと公義と正義を行う者であり、わたしがこれらのことを喜ぶからだ。―主の御告げー(エレミヤ書9章23節―24節 )

1.詩編23篇1節―6節
2.詩編100篇1節―5節
3.箴言30章29節―30節
4.ホセア記6章1節―3節

ヨハネの福音書1章18節が「いまだかつて神を見た者はいない。父のふところにおられるひとり子の神が、神を説き明かされたのである」と語っているように、人は神によって創造されたために、神の存在を潜在的に知っていますが、見たことかないので、パウロが「彼らは神を知っていながら、その神を神としてあがめず、感謝もせず、かえってその思いはむなしくなり、その無知な心は暗くなりました。彼らは、自分では知者であると言いながら、愚かな者となり、不滅の神の御栄えを、滅びべき人間や、鳥、獣、はうもののかたちに似た物と代えてしまいました。(ローマ人への手紙1章21節―23節)」と語っているように、自分たちの考えで偶像を造って拝んだり、この世の神々、すなわちこの世を支配している悪魔や悪霊のささやきを神からの託宣と思って語っている霊媒師―東北地方における「いたこ」、沖縄の「ユタ」など―を頼ってしまうのではないでしょうか。毎年、東京であっても組長が変わるたびに、町内会の年会費だけでなく、神社費は自由ですので、我が家は年会費だけにしていますが、氏子となる神社費が徴収されますし、町内会の回覧板には神社関係のものがよくあり、お祭りのための寄付や伊勢神宮修復のための寄付や神主さんに祈ってもらうための申込用紙や神社関係の様々な用紙が挟まれてきます。そのことからも日本は仏教国、というよりも神道の国なので、特に伝統に生きている地方においてはキリスト者として生きるのが難しいことがありますが、今日の聖句「主はこう仰せられる。『知恵ある者は自分の知恵を誇るな。つわものは自分の強さを誇るな。富む者は自分の富を誇るな。誇る者は、ただ、これを誇れ。悟りを得て、わたしを知っていることを。わたしは主であって、地に恵みと公義と正義を行う者であり、わたしがこれらのことを喜ぶからだ。』―主の御告げー」を心に据えて、恵みによって主を知る者とされていることを喜んで生きるようにするとともに宣教の働きが祝されるように祈りましょう。