遠い大昔の事を思い出せ。わたしが神である。ほかにはいない。わたしのような神はいない。わたしは、終わりの事を初めから告げ、まだなされていない事を昔から告げ、「わたしのはかりごとは成就し、わたしの望む事をすべて成し遂げる。」と言う。(イザヤ書46章9節―10節)

1.創世記12章1節―3節
2.ガラテヤ人への手紙3章6節―14節
3.マタイの福音書16章13節―27節
4.マタイの福音書24章1節―35節

今日の聖句は「主はイスラエルの民に「遠い大昔の事を思い出せ。わたしが神である。ほかにはいない。わたしのような神はいない。」と語ってから「わたしは、終わりの事を初めから告げ、まだなされていない事を昔から告げ、「わたしのはかりごとは成就し、わたしの望む事をすべて成し遂げる。」と言う。」語っています。ヨハネの福音書1章18節が「いまだかつて神を見た者はいない。父のふところにおられるひとり子の神が、神を説き明かされたのである。」と語っていますが、福音書の時代、弟子たちや当時の人々はイエス様を目でご覧になりましたが、イエス様が昇天して以来イエス様を肉眼で見ることができませんが、神のことばである聖書の記述によって、神の偉大さや、神の恵みや神の愛、神の義を知ることができるのではないでしょうか。主はアブラムが九十九歳になったとき主はアブラムに現れ、「わたしは、この、わたしの契約をあなたと結ぶ。あなたは多くの国民の父となる。あなたの名は、もう、アブラムと呼んではならない。あなたの名はアブラハムとなる。わたしが、あなたを多くの国民の父とするからである。わたしは、あなたの子孫をおびただしくふやし、あなたを幾つかの国民とする。あなたから、王たちが出て来よう。」と仰せられたように、なんと今日のキリスト者もアブラハムの祝福に預かる者とされているのです(ガラテヤ人への手紙3章14節)。人類を救うためにこの世に人として遣わされた御子イエス様は十字架の死にまで従順になられ、神のご計画を成就されたのでした。聖書の1/4は預言です。みことばに保証された人生ほど素晴らしいものはない事を心に据えて生きるように心がけようではありませんか。