主は人の子らを、ただ苦しめ悩まそうとは、思っておられない。(哀歌3章33節)

1.創世記2章18節ー24節
2.マタイの福音書22章34節ー40節
3.ガラテヤ人への手紙5章13節ー26節
4.ペテロの手紙第一4章7節ー10節 

熊本の地震のニュースが流れると、被災地にさまざまな県から助けに行く方々のニュースを見ながら、主がアダムを創造されたから「人が、ひとりでいるのは良くない。わたしは彼のために、彼にふさわしい助け手を造ろう。」と仰せられ、助け手としてアダムに深い眠りを下され、彼のあばら骨の一つをと取り、エバを創造されたことを思い、本来あるべき人の姿を思わされ、自然災害が起きる度に人々が助け合うことを思うと、確かに「主は人の子らを、ただ苦しめ悩まそうとは、思っておられない。」と思いました。イエス様は弟子たちに「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合うこと、これがわたしの戒めです。(ヨハネの福音書15章12節)」と、また「あなたがたの間で人の先に立ちたいと思う者は、みなのしもべになりなさい。人の子が来たのも、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のために、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためなのです。(マルコとの福音書10章44節ー45節)」と仰せられましたし、恵みを、神の愛を知ったパウロも「兄弟たち。あなたがたは、自由を与えられるために召されたのです。ただ、その自由を肉の働く機会としないで、愛をもって互いに仕えなさい。(ガラテヤ人への手紙5章13節)」と勧めています。一方、ヤコブの手紙4章1節ー2節は「何が原因で、あなたがたの間に戦いや争いがあるのでしょう。あなたがたのからだの中で戦う欲望が原因ではありませんか。あなたがたは、ほしがっても自分のものにならないと、人殺しをするのです。うらやんでも手に入れることができないと争ったり、戦ったりするのです。あなたがたのものにならないのは、あなたがたが願わないからです。願って受けられないのは、自分の快楽のために使おうとして、悪い動機で願うからです。」と、ウクライナや中東の戦争で多くの方が命を失っても終わらない状況は指導者の心の問題であることがわかります。多くのキリスト者は苦悩する中でキリストに出会ったのではないでしょうか。世界中の指導者はじめ世の人々に福音が届きますように、心を満たしてくださるイエス様を信じる信仰が与えられますように祈りましょう。