あなたがたは、死者の中からこのキリストをよみがえらせて彼に栄光を与えられた神を、キリストによって信じる人々です。このようにして、あなたがたの信仰と希望は神にかかっているのです。(ペテロの手紙第一1章21節)
1.ルカの福音書22章31節ー34節
2.使徒の働き3章1節ー16節
3.ローマ人への手紙12章2節ー5節
4.ヘブル人への手紙12章2節ー3節
イエス様が「あなたがたはみな、今夜、わたしのゆえにつまずきます。『わたしが羊飼いを打つ。すると、羊の群れは散り散りになる』と書いてあるからです。しかしわたしは、よみがえってから、あなたがたより先に、ガリラヤへ行きます。」と弟子たちに言われると、「たとい全部の者があなたのゆえにつまずいても、私は決してつまずきません。・・・たといごいっしょに死ななければならないとしても、私は、あなたを知らないなどとは決して申しません。」とペテロは申し上げると、ほかの弟子たちもみなそう言ったのですが、イエス様が仰られたように三度イエス様のことを知らない、と言い、挫折したのですが(マタイの福音書26章31節ー33節及び69節ー75節)、「あなたがたは、死者の中からこのキリストをよみがえらせて彼に栄光を与えられた神を、キリストによって信じる人々です。このようにして、あなたがたの信仰と希望は神にかかっているのです。」と、信仰は自分にかかっているのではないことを語っています。イエス様は事前にペテロがサタンの試みにあうことを仰られただけでなくペテロの信仰がなくならないように祈られたのでした(ルカの福音書22章31節ー32節)。ですからヘブル人への手紙12章2節が「信仰の創始者であり完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。」と勧めています。興味深いことにパウロは「私は、自分に与えらた恵みによって、あなたがたひとりひとりに言います。だれでも、思うべき限度を越えて思い上がってはいけません。いや、むしろ神がおのおのに分け与えてくださった信仰のはかりに応じて、慎み深い考え方をしなさい。」と勧告してから「一つのからだには多くの器官があって、すべての器官が同じ働きはしないのと同じように、おおぜいいる私たちも、キリストにあって一つのからだであり、ひとりひとり互いに器官なのです。(ローマ人への手紙12章3節ー5節)」と、語っているように、ひとりひとりの信仰は主によって与えらていることを忘れずに他者と自分を比較せず、今、主によって与えらている信仰を喜ぼうではありませんか。