だれでも、自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされます。(マタイの福音書23章12節)
1.マタイの福音書26章31節ー35節
2. ルカの福音書14章7節ー11節
3.ルカの福音書18章9節ー14節
4.ヤコブの手紙4章1節ー10節
イエス様は群衆と弟子たちに「律法学者、パリサイ人たちは、モーセの座を占めています。ですから、彼らがあなたがたに言うことはみな、行い、守りなさい。けれども、彼らの行いをまねてはいけません。彼らは言うことは言うが、実行しないからです。また、彼らは思い荷をくくって、人の肩に載せ、自分はそれに指一本さわろうとしません。彼らのしていることはみな、人に見せるためです。」と仰せられてから「あなたがたのうちの一番偉大な者は、あなたがたに仕える人でなければなりません。」と仰せられてから「だれでも、自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされます。」と警告されたのでした。イエス様が「あなたがたはみな、今夜、わたしのゆえにつまずきます。『わたしが羊飼いを打つ。すると、羊の群れは散りちりになる』と書いてあるからです。」と言われると、「たとい全部の者があなたのゆえにつまづいても、私は決してつまずきません。」と申し上げたペテロに「まことに、あなたに告げます。今夜、鶏が鳴く前に、あなたは三度、わたしを知らないと言います。」と仰せられたように、彼はイエス様が預言されたように否定したペテロに、興味深いことに死からよみがえられたイエス様は「ヨハネの子シモン。あなたは、この人たち以上に、わたしを愛しますか。(アガパオ=神の愛で愛するか)」と尋ねられましたが、ペテロは「はい。主よ。私があなたを愛する(フィレオ=友情)ことは、あなたがご存じです。」と答えられ、もはや自分を誇るよりも弱さを告白されたのでした(ヨハネの福音書21章15節)。イエス様が「シモン、シモン。見なさい。サタンが、あなたがたを麦のようにふるいにかけることを願って聞き届けられました。(ルカの福音書22章31節)」と仰せられたように、聖霊に満たされたイエス様が悪魔に試みられたように、サタンは私たちを試みますが、その背後に父なる神の許しがあったことを見ることができます。高ぶりから守られるために、人ではなく主を目の前に置いて生活するように心がけようではありませんか。