あなたを造り出した方、主はこう仰せられる。イスラエルよ。あなたを形造った方、主はこう仰せられる。「恐るな。わたしがあなたを贖ったのだ。わたしはあなたの名を呼んだ。あなたはわたしのもの。」(イザヤ書43章1節)

1.コリント人への手紙第一3章16節ー23節
2.コリント人への手紙第一6章19節ー20節
3.コリント人への手紙第一7章17節ー24節
4.ガラテヤ人への手紙2章20節ー21節

パウロはコリントの教会宛に「私は、キリスト・イエスによってあなたがたに与えられた神の恵みのゆえに、あなたがたのことをいつも神に感謝しています。」と、まず神に感謝されてから「というのは、あなたがたは、ことばといい、知識といい、すべてにおいて、キリストにあって豊かな者とされたからです。それは、キリストについてのあかしが、あなたがたの中で確かになったからです。その結果、あなたがたはどんな賜物にも欠けるところがなく、また、熱心に私たちの主イエス・キリストの現れを待っています。」と、キリストの関係において与えらられた豊かさを指摘されてから「主も、あなたがたを、私たちの主イエス・キリストの日に責められるところのない者として、最後まで堅く保ってくださいます。」と、主のお働きを語ってから、「さて、兄弟たち。私は、私たちの主イエス・キリストの名によって、あなたがたにお願いします。どうか、皆一致して、仲間割れすることなく、同じ心、同じ判断を完全に守ってください。」と勧めてから「『私はパウロにつく』『私はアポロに』『私はケパに』『私はキリストにつく』と言っていることです。」「あなたがたは肉に属しているのではありませんか。そして、ただの人のように歩んでいるのではなありませんか。」とコリントの教会が抱えている問題を指摘するとともに(コリント人への手紙第一1章4節ー12節及び3章3節)、「あなたを造り出した方、主はこう仰せられる。イスラエルよ。あなたを形造った方、主はこう仰せられる。『恐るな。わたしがあなたを贖ったのだ。わたしはあなたの名を呼んだ。あなたはわたしのもの。』」と主が仰せられたように、コリントの聖徒たちに主のものとされていることを自覚し、主の栄光を現すように勧められました(コリント人への手紙第一3章23節及び6章19節ー20節)。キリスト者を迫害するために向かっていたダマスコの途上でイエス様から「サウロ。サウロ。なぜ私を迫害するのか」と声をかけられただけでなく、使徒されたパウロがキリストの中にある者として歩まれたように、私たちも贖われている者として、自分ではなくキリストにある者として生きるように心がけようではありませんか。