私たちの手をも心をも天におられる神に向けて上げよう。(哀歌3章41節)
1.出エジプト記17章8節ー16節
2.列王記第一8章22節ー23節
3.詩篇134篇1節ー3節
4.テモテへの手紙第一2章8節
手は多くの働きをします。手は、物をつかんで運んだりなどの動作をしますし、触ることで、物の硬さなどそれがどのような物であるのかを判断することができますし、健康を保つために食事を整えたり、顔や体を洗ったり、洗濯したり、介護のように人々のために、と毎日忙しく働きますが、今日の聖句は手を天におられる神に向かってあげるように勧めています。興味深いことに天におられる神に手を上げる行為には、詩篇28篇2節が「私の願いの声を聞いてください。私があなたに助けを求めるとき。私の手をあなたの聖所の奥に向けてあげるとき。」と、パウロが「私は願うのです。男は、怒ったり言い争ったすることなく、どこででもきよい手を上げて祈るようにしなさい。(テモテへの手紙第一2章8節)」と語っているように祈る時があり、詩篇134篇2節が「聖所に向かってあなたがたの手を上げ主をほめたたえよ。」と勧めているように主を誉めたたえる時があり、アマレク人との戦いの時モーセが手を上げているときにはイスラエルが優勢になり、手を降ろしているときには、アマレク人が優勢になったように、主に手を上げるなら、勝利がもたらされることを聖書は語っています。ところで今日の聖句は手だけでなく心を天におられる神に向けて上げるように勧めているのは。私たちの心が元気を失い、疲れ果ててしまわないために、十字架を忍び、死からよみがえられて神の御座の右に着座されている信仰の創始者であり完成者であるイエス様のことを考えるようにヘブル人への手紙12章2節―3節は勧めていますし、パウロが「あなたがたは地上のことを思わず、天にあるものを思いなさい。(コロサイ人への手紙3章2節)」と勧めているように、天に座しておられる私たちの主がどのような方なのかを思い起こして天に座しておられる神に手も心も上げて、主を誉めたたえるとともに、思い煩っていること、心配していること、恐れていることなどすべて心の中にあるものを神の御前に注ぎ出して(詩篇62篇8節)、恵みとまことに満ちておられ、すべてのことを益としてくださる主からの勝利と平安をいただこうではありませんか。