何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。(ピリピ人への手紙4章6節ー7節)

1.詩篇66篇16節ー20節
2.テサロニケへの手紙第一5章15節ー21節
3.テモテへの手紙第一2章1節ー3節
4.ヤコブの手紙1章5節ー8節 

私たちが祈る時は往々にして、調子が良い時ではなく、ヤコブの手紙5章13節が「あなたがたのうちに苦しんでいる人がいますか。その人は祈りなさい。」と勧めているように、思い煩ずらって苦悩したり、恐れが襲ってきたり、心配して不安になったりするような時ではないでしょうか。そのようなとき、思い煩いながら、不安を抱えながら祈ってしまうと、祈ったにもかかわらず、主は自分が願っていること、祈ったことを叶えてくださるかどうか不安になり、祈る前とあまり変わらない精神状態に陥ってしまうことがあるのではないでしょうか。ヤコブは「あなたがたの中に知恵の欠けた人がいるなら、その人はだれにでも惜しげなく、とがめることなくお与えになる神に願いなさい。そうすればきっと与えられます。ただし、少しも疑わずに信じて願いなさい。(ヤコブの手紙1章5節ー6節)」と注意を促しています。ところで、パウロは「何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。」と祈る時の心構えを教えてくださるとともに、感謝をもって祈りや願いを捧げるなら「そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。」と、神は、肯定的思考や積極的思考など思考を変えても与えることのできない平安をもって私たちの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくださることを証しされました。ところで、パウロは、まず「何も思い煩わないように」と促してから、「あらゆる場合に」と私たちのコンデイションがどうであろうと、感情にとらわれずに感謝をもって祈りや願いを主に申し上げるように勧めていますが、そのためには主がどのような方であるのかを、また詩篇4篇3節が「知れ。主は、ご自分の聖徒を特別に扱われるのだ。私が呼ぶとき、主は聞いてくださる。」と語っているように、私たちの祈りは空を打つようなものではなく、確実に神に届いることを心に据えるとともに詩篇62篇8節が「民よ。どんな時にも、神に信頼せよ。あなたがたの心を神の御前に注ぎ出せ。神は、われらの避け所である。」と、勧めているように、思い煩っていることや、不安なこと、気になっていることなど心のうちを主に正直に申し上げ、思い煩いの代わりに、私たちの心と思いを守ることのできるイエス様によって与えられる神の平安をいただこうではありませんか。