わたしに聞け。強情な者、正義から遠ざかっている者たちよ。わたしは、わたしの勝利を近づける。それは遠くはない、わたしの救いは遅れることがない。わたしはシオンに救いを与え、イスラエルにわたしの栄光を与える。(イザヤ書46章12節ー13節)
1.歴代誌第二20章1節ー25節
2.伝道者の書3章1節ー11節
3.コリント人への手紙第一15章47節ー57節
4.ペテロの手紙第二3章3節ー13節
主はイスラエルの民に対してまず「わたしに聞け」と、命じてから「強情な者、正義から遠ざかっている者たちよ。」と仰せられましたが、パウロが「昔書かれた斧は、すべて私たちを教えるために書かれたのです。それは、聖書の与える忍耐り励ましによって希望を持たせるためなのです。(ローマ人への手紙15章4節)」と語っているように、私たもイスラエルの民同様、自分の考えや思いにとらわれて、主を信頼せずに、主からの平安をいただけないような状態に自分を追い込んでしまうようなことがあるのではないでしょうか。そのような弱さを抱えているイスラエルの民を主は見捨てることなく「わたしは、わたしの勝利を近づける。それは遠くはない、わたしの救いは遅れることがない。」と、勝利を約束されましたが、それはソロモンが「神のなさることは、すべて時にかなって美しい。」と語っているように、私たちが考えている時間表ではなく、主の時に主が主の勝利を与えてくださることを、そして「わたしはシオンに救いを与え、イスラエルにわたしの栄光を与える。」と、救いや主の栄主を与えてくださることを約束されたのでした。イエス様は弟子たちに「あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。(ヨハネの福音書16章33節)」と仰せられたように、復活をもって死に勝利され、栄光を現されたのでした。ところでヨハネは「世に勝つ者とはだれでしょう。イエスを神の御子と信じる者ではありませんか。(ヨハネの手紙第一5章5節)」と語っています。キリスト者には勝利が、栄光が与えらていますが、日々、たましいの救いが必要であることをヤコブは語っています。私たちのたましいが世の汚れや、みことばに生きるのを妨げる肉の思いに支配されないように、自分の思いや考えに固執せずに、色々な時がありますが、主の時を待ち望み、主に聞く、即ちみことばを素直に受け入れて、聖霊様が導いてくださるようにキリストに留まるように心がけようではありませんか。
