心のきよい者は幸いです。その人たちは神を見るから。(マタイの福音書5章8節)

1.ヨハネの福音書3章1節ー7節
2.ローマ人への手紙15章8節ー19節
3.テサロニケへの手紙第二2章1節ー13節
4.ヘブル人への手紙10章14節ー22節

主はエリアブを見て「確かに、主の前で油を注がれる者だ」と思ったサムエルに「彼の容貌や、背の高さを見てはならない。わたしは彼を退けている。人が見るようには見ないからだ。人はうわべを見るが、主は心を見る。」と仰せられたように(サムエル記第一16章6節ー7節)、ダビデは「あなたこそは私のすわるのも、立つのも知っておられ、私の思いを遠くから読み取られます。・・ことばが私の舌にのぼる前に、なんと主よ。あなたはそれをことごとく知っておられます。」と語っていますし、また「人の心は何よりも陰険で、それは直らない。だれがそれを知ることができよう。わたし、主が心を探り、思いを調べ、それぞれその生き方により、行いの結ぶ実によって報いる。(エレミヤ書17章9節ー10節)」と仰せられたように、パウロは「私は、内なる人としては、神の律法を喜んでいるのに、私のからだの中には異なった律法があって、それが私の心の律法に対して戦いをいどみ、私を、からだの中にある罪の律法のとりこにしているのを見いだすのです。私は、ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか。」と心の葛藤を覚え、悩みましたが、イエス様を信じたことによって聖霊に満たされたパウロは「私は神の福音をもって、祭司の務めを果たしています。それは異邦人を、聖霊によって聖なるものとされた、神に受け入れられる供え物とするためです。(ローマ人への手紙15章17節)」と、イエス様はユダヤ人の指導者ニコデモに「まことに、まことに、あなたに告げます。人は水と御霊によって生まれなければ、神の国に入ることができません。肉によって生まれた者は肉です。御霊によって生まれた者は霊です。あなたがたは新しく生まれなければならない、とわたしが言ったことを不思議に思ってはなりません。(ヨハネの福音書3章5節ー7節)」と仰せられたように、神を見ることができるほどの心のきよさは、自分の力ではなく恵みとまことを実現してくださったイエス様を信じる信仰によって与えられる御霊の働きであり、イエス様を信じる者はやがて天に凱旋して神を見ることができるのです。ハレルヤ!ですね。

ペテロの手紙第一