ただ、主を恐れ、心を尽くし、誠意をもって主に仕えなさい。主がどれほど偉大なことをあなたがたになさったかを見分けなさい。(サムエル記第一12章24節)

1.申命記1章19節ー33節
2.申命記8章1節ー18節
3.詩篇103篇1節ー14節
4.ローマ人への手紙7章15節ー8章3節

「あなたのしもべどものために、あなたの神、主に祈り、私たちが死なないようにしてください。私たちのあらゆる罪の上に、王を求めるという悪を加えたからです。」といった民に、サムエルは「恐れてはならない。あなたがたは、このすべての悪を行った。しかし主に従い。わきにそれず、心を尽くして主に仕えなさい。」と勧めて、偶像崇拝をしないように注意してから「まことに主は、ご自分の偉大な御名のために、御自分の民を捨て去らない。主はあえて、あなたがたを御自分の民とされるから」と語ると共に「私もまた、あなたがたのために祈るのをやめて主に罪を犯すことなど、とてもできない。私はあなたがたに、よい正しい道を教えよう。」と言ってから、その道について「ただ、主を恐れ、心を尽くし、誠意をもって主に仕えなさい。主がどれほど偉大なことをあなたがたになさったかを見分けなさい。」と命じられたのでした。モーセも主を忘れないように民に警告しましたし(申命記8章1節ー18節)ダビデも「主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。(詩篇103篇2節)」と同じことを語っています。イスラエルの民だけでなく民に混じって来た者も後方からエジプト軍、前方には紅海という状態に陥った時、主が紅海を二つに分けられ、民が無事対岸に渡り終えると元に戻され、エジプト軍はひとり残らず溺死したのを見て、民は神の偉大さを誉めたたえたにも関わらず、肉が食べたいと言ってエジプトを懐かしんでつぶやいたり、モーセにいたっては肉を一ヶ月与えることを主が言っても信じませんでしたし(民数記11章19節ー23節)、民は約束の地について悪く言いふらした者たちのことばを信じて「私たちはエジプトの地で死んでいたらよかったのに。できれば、この荒野で死んだほうがましだ。」などとつぶやいただけでなく、約束の地はすばらしく良い地であった、と言い、「ただ、主に背いてはならない。」と忠告したヨシュアとカレブを民は石で打ち殺そうとしたのでした原因は主の偉大さを忘れたことによるのではないでしょうか。主は十字架の死と復活をもって私たちを贖ってくださり永遠の希望、永遠のいのちを与えてくださいました。主を恐れ(畏れ)、すなわち、主がどんな偉大な方なのかを忘れずに、心を尽くして誠意をもって主に仕えるために、みことばに生きるように心がけようではありませんか。