しかし、真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来ます。今がその時です。父はこのような人々を礼拝者として求めておられるからです。神は霊ですから、神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければなりません。(ヨハネの福音書4章23節ー24節)

1.ヨハネの福音書7章37節ー39節
2.ローマ人への手紙11章33節ー12章1節
3.ガラテヤ人への手紙5章16節ー24節
4.ピリピ人への手紙3章1節ー3節

イエス様はサマリヤの女性に「わたしの言うことを信じなさい。あなたがたが父を礼拝するのは、この山でもなく、エルサレムでもない。そういう時が来ます。救いはユダヤ人から出るのですから、わたしたちは知って礼拝していますが、あなたがたは知らないで礼拝しています。」と仰せられてから「しかし、真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来ます。今がその時です。父はこのような人々を礼拝者として求めておられるからです。神は霊ですから、神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければなりません。」と、場所の問題ではなく、大切なのはどのように礼拝するべきかであり、神が求めておられるのは真の礼拝者であること、そして真の礼拝者はどうあるべきであるかを話されたのでした。パウロはガラテヤの諸教会に対して「私は言います。御霊によって歩みなさい。そうすれば、決して肉の欲望を満足させるようなことはありません。なぜなら、肉の願うことは御霊に逆らい、御霊は肉に逆らうからです。(ガラテヤ人への手紙5章16節ー17節)」と語っているように霊とまことをもって礼拝することを妨げるのは肉、すなわち自我であることを指摘するとともに「私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。(ローマ人への手紙12章1節)」と、神が望んでいる礼拝を捧げる秘訣を語っています。自分の考えや思いを主にゆだね、主が求めておられる真の礼拝者となって、主が喜ばれる礼拝を捧げようではありませんか。