満ち足りた心を伴う敬虔こそ、大きな利益を受ける道です。(テモテへの手紙第一6章6節)

1.詩篇23篇1節―6節
2.ルカの福音書12章13節―21節
3.ヨハネの福音書6章24節―35節
4.テモテへの手紙第二2章1節―8節

ウクライナとロシアの戦争が起きてしまったことの根底にあるのはプーチン氏の欲ではないでしょうか。彼はロシア正教徒のようですが、イエス様がパリサイ人たちにイザヤ書を引用されて「この民は、口先ではわたしを敬うが、その心は、わたしから遠く離れている。」と仰せられたように、どんなに礼拝を守っていても心が欲に支配されてしまうと、見かけは敬虔そうに見えてもその実を捨ててしまうために(テモテへの手紙第二3章5節)、隣人を愛することができない状態に陥ってしまうのではないでしょうか。イエス様は「どんな貪欲にも注意して、よく警戒しなさい。なぜなら、いくら豊かな人でも、その人のいのちは財産にあるのではないからです。」と仰せられてから金持ちのたとえを話され、穀物や財産がどんなに豊かでも神との関係がなければ意味のないものになってしまうことを話されたのでした(ルカの福音書12章15節―21節)。ソロモンはシバの女王が驚嘆するほどの富や知恵を持っていましたが、「愚かになって(伝道者の書2章3節)」と、すなわち神を考慮しない世の人々と同じ立場でこの世のあらゆる分野を探索した結果「空の空。伝道者は言う。空の空。すべては空。日の下で、どんなに労苦しても、それが人に何の益となろう。(伝道者の書1章2節-3節)」と「日の下」すなわちこの世が与えることのできるものは空しさであることを、人はとかく自分の利益を求めて生きていますが、満ち足りた心をこの世は与えることができないことを語るとともに「神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。」と結論づけたのでした(伝道者の書12章13節)。満ち足りた心を伴う敬虔さに生きるために、主がどのような方であるかを、全生涯の罪が赦されていること、永遠のいのちが与えられていることを忘れずに生きようではありませんか。