わたしは良い牧者です。わたしはわたしのものを知っています。また、わたしのものは、わたしを知っています。(ヨハネの福音書10章14節)

1.詩篇23篇1節―6節
2.詩篇139篇1節―16節
3.マタイの福音書6章7節―8節
4.ヨハネの福音書21章15節―19節

ペテロはかつてイエス様がご自身の死と復活を語った時「主よ。神の御恵みがありますように。そんなことが、あなたに起こるはずはありません。(マタイの福音書16章21節―22節)」とイエス様をいさめるようなことをしたにもかかわらず、イエス様がペテロに「シモン、シモン。見なさい。サタンが、あなたがたを麦のようにふるいにかけることを願って聞き届けられました。しかし、わたしはあなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈りました。だからあなたは、立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」と仰せられると、彼は「主よ。ごいっしょになら、牢であろうと、死であろうと、覚悟はできております。」と告白したのですが、イエス様が「ペテロ。あなたに言いますが、きょう鶏が鳴くまでに、あなたは三度、わたしを知らないと言います。」と預言されたように、彼は三度イエス様を知らない、と言い三度目に主が振り向いてペテロを見た時、主のことばを思い出して外に出て激しく泣いたのでした(ルカの福音書22章31節―34節及び60節―62節)。やがて死からよみがえられたイエス様から「わたしを愛しますか(アガパオ=神の愛)」かどうかを二度尋ねられると、彼は正直に、フィレオ=友情のレベルでの愛で愛することを告白したので、三度目に「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛しますか(フィレオ)。」と尋ねられると、彼が心を痛めて「主よ。あなたはいっさいのことをご存知です。」と主を知る者になったのでした。よく「自分のことは自分が一番良く知っている。」と人は言いがちですが、イエス様が「わたしは良い牧者です。わたしはわたしのものを知っています。また、わたしのものは、わたしを知っています。」と仰らせられたように、主は私たちのことを私たち自身以上に良くご存知な方であることを心に留めて、信仰の完成者であり、罪に定められないように祈っていてくださる良い羊飼いであられるイエス様を誰よりも信頼しようではありませんか。