今の時のいろいろの苦しみは、将来私たちに啓示されようとしている栄光に比べれば、取るに足らないものと私は考えます。(ローマ人への手紙8章18節)

1.コリント人への手紙第二4章15節―18節
2.ピリピ人への手紙3章17節―21節
3.ヘブル人への手紙12章2節―11節
4.ペテロの手紙第一1章3節―7節

パウロがどんなひどいことをキリスト者にしているのかを聞いていたアナニヤに、イエス様は「行きなさい。あの人はわたしの名を、異邦人、王たち、イスラエルの子孫の前に運ぶ、わたしの選びの器です。彼がわたしの名のために、どんなに苦しまなければならないかを、わたしは示すつもりです。」と仰せられてパウロのもとに遣わされたのでした(使徒の働き9章1節―20節)。イエス様が仰せられたように、パウロは福音宣教に生涯をささげられ、アグリッパ王の前で証しをされましたが、異邦人からだけでなく同胞のユダヤ人から律法に則って四十回ではなく五度も三十九のむちを受けるなど何度も死に直面するほどの迫害を受けたのですが、今日の聖句「今の時のいろいろの苦しみは、将来私たちに啓示されようとしている栄光に比べれば、取るに足らないものと私は考えます。」は「このような外から来ることのほかに、日々私に押しかかるすべての教会への心づかいがあります。だれが弱くて、私が弱くない、ということがあるでしょうか。だれがつまずいて、私の心が痛まないでおられましょうか。もしどうしても誇る必要があるなら、私は自分の弱さを誇ります。(コリンと人への手紙第二11章23節―30節)」と言われたパウロのことばです。彼は「私たちの国籍は天にあります。(ピリピ人への手紙3章20節)」と「あなたがたは、地上のことを思わず、天にあるものを思いなさい。(コロサイ人への手紙3章2節)」と語っているように、永遠の世界を見つめて生きられたのではないでしょうか。地上のことばかりに目を留めるのではなく、永遠のいのちが与えられていることを心に据えて永遠の栄光の中に導き入れられている幸いを忘れないようにしようではありませんか(ペテロの手紙第一5章10節)。