私の福音に言うとおり、ダビデの子孫として生まれ、死者の中からよみがえったイエス・キリストを、いつも思っていなさい。(テモテへの手紙第二2章8節)

1.コリント人への手紙第一15章3節―21節
2.コロサイ人への手紙2章8節―19節
3.ヘブル人への手紙2章11節―3章1節
4.ヘブル人への手紙5章7節―10節

パウロは今日の聖句で「私の福音」と語っていますが、彼は「私があなたがたに最もたいせつなこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、また、ケパに現れ、それから十二弟子に現れたことです。(コリント人への手紙15章3節―5節)」と、彼が伝えている福音は十字架の死と復活でした。彼はケパ、すなわちペテロの名をあげています。ペテロは人を恐れて三度イエス様を知らない、と言いましたが、死からよみがえられたイエス様にお会いしたことによって「生ける望み」を持つようになっただけでなく、「いまは、しばらくの間、さまざまな試練の中で、悲しまなければならないのですが、あなたがたの信仰の試練は、火で精錬されつつなお朽ちて行く金よりも尊く、イエス・キリストの現れのときに称賛と光栄と栄誉になることがわかります。」と、信仰の試練がもたらす結果を語っている彼のことばに、パウロが「もしキリストがよみがえらなかったのなら、あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお、自分の罪の中にいるのです。(コリント人への手紙第一15章17節)」と語っているように、復活がどれほど大きな力になっているのかがわかります。パウロが「ダビデの子孫として生まれ、死者の中からよみがえったイエス・キリストを、いつも思っていなさい。」と勧めているように、人としてこの世にご降誕され、世にあっては多くの苦しみや辱めを受けながらも人々のためにとりなされ、十字架の死をもって罪の代価を支払ってくださっただけでなく、死からよみがえられ、今は父なる神の右に座しておられ、私たちの弱さをよくご存知でとりなしていてくださるイエス様がいつもともにおられることを忘れずに生活しようではありませんか。