神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠を与えられた。しかし人は、神が行われるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない。(伝道者の書3章11節)

1.イザヤ書55章6節―11節
2.使徒の働き1章3節―8節
3.ペテロの手紙第二3章3節―13節
4.黙示録6章9節―10節

ロシアというよりも独裁者プーチン氏によってウクライナとの戦争が起き、停戦協定が繰り返し持たれていますが、その間も攻撃が続けられている中で、だれもプーチン氏を止める人がいないようなこと、多くの国々がなんとか戦争を止めようと努力している報道を見ながら、イエス様が世の終わりの前兆として「人に惑わされないようにしなさい。わたしの名を名のる者が大ぜい現れ、『私こそキリストだ』と言って、多くの人を惑わすでしょう。また、戦争のことや戦争のうわさを聞くでしょう。これらは必ず起こることです。しかし、終わりが来たのではありません。民衆は民衆に、国は国に敵対して立ち上がり、方々にききんと地震が起こります。しかし、そのようなことはみな、産みの苦しみの初まりなのです。」と仰せられたこと、プーチン氏が報道を統制した状況はイザヤ書5章20節が「ああ、悪を善、善を悪と言っている者たち、彼らはやみを光、光をやみとし、苦みを甘み、甘みを苦みとしている。ああ、おのれを知恵ある者とみなし、おのれを、悟りある者と見せかける者たち。」と語られていることが現実になっていることを思いました。プーチン氏のためにとりなしの祈りがたくさん捧げられていると思うのですが、プーチン氏の言動を見ていると、いっこうに悔い改めないどころか、益々過激になっている状況を見ながら「主よ。なんとかしてください。」と祈りましたが、今日の聖句「神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠を与えられた。しかし人は、神が行われるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない。」を思い起こし、主の時がまだ来ていないこと、人には理解できない神の大きなご計画があることを、問題の中にも主を認めるように教えてくださっているように思わされ、「みこころが天で行われるように地でも行われますように。」と主のみこころがなりますように祈るしかないことを思わされました。