まことに、あなたは大いなる方、奇しいわざを行われる方です。あなただけが神です。(詩篇86篇10節)

1.歴代誌第一1623節―27
2.イザヤ書431節―13
3.イザヤ書46章3節―13
4.ローマ人とへの手紙319節―30

イエス様は「『自分の隣人を愛し、自分の敵を憎め』と言われたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。それでこそ、天におられるあなたがたの父の子どもになれるのです。天の父は、悪い人にもパ良い人にも太陽を上らせ、正しいひとにも正しくない人にも雨を降らせます。(マタイの福音書5章43節―45節)」と神の本質を語られました。ですから、パウロも「私たちがまだ弱かったとき、キリストは定められた時に、不敬虔な者のために死んでくださいました。正しい人のためにでも死ぬ人はほとんどありません。情け深い人のためには、進んで死ぬ人があるいはいるでしょう。しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。ですから、今すでにキリストの血によって義と求められた私たちが、彼によって神の怒りから救われるのはなおさらなことです。もし敵であった私たちが、御子の死によって神との和解をさせられたのなら、和解させられた私たちが、彼のいのちによって救いにあずかるのは、なおさらのことです。(ローマ人への手紙5章6節―10節)」と語っているように、この世の神々は人の手によって祭り上げられたものであり、人が世話をしなくてはならない物ですが、まことの神は人にとって一番必要なものをご存知で、罪人を救うために神は御子イエス様を人としてこの世にお遣わしになったのでした。今日の聖句「まことに、あなたは大いなる方、奇しいわざを行われる方です。あなただけが神です。」を心に据えて、どんな時にも奇しいわざをされる大いなる神である主がいつもでも、どんな時にも、私たちを背負っていてくだることを忘れずに(イザヤ書46章4節)、主を信頼して生活しようではありませんか。