私があなたがたに最もたいせつなこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、また、葬られたこと、また、聖書の示すとおりに、三日目によみがえられたこと、また、ケパに現れ、それから十二弟子に現れたことです。(コリント人への手紙第一15章3節−5節)

1.使徒の働き215節―41
2.使徒の働き1516節―39
3.ローマ人への手紙6章17節―23節
4.エペソ人への手紙2章1節ー9節

パウロはパリサイ人として生きていたときには律法による自分の義に生き、罪意識がなくキリスト者を迫害していたのですが、イエス様が助け主、すなわち御霊は罪について、義について、さばきについて、世にその誤りを認めさせます、と仰せられたように、キリスト者になり聖霊に満たされたことによって自分のうちに罪が、悪が宿っているということを知り、「私は、内なる人としては、神の律法を喜んでいるのに、私のからだの中には異なった律法があって、それが私の心の律法に対して戦いをいどみ、私を、からだの中にある罪の律法のとりこにしているのを見いだすのです。私は、ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか。」と心の葛藤を覚え自分に絶望していますが、そのような状態から救うために神は御子イエス様を人としてのこの世にお遣わしになり十字架の死をもって罪を処罰されたので、イエス様を信じる者は決して罪に定められることがないという恵を知る者となり(ローマ人への手紙718節―84節)「私があなたがたに最もたいせつなこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、また、葬られたこと、また、聖書の示すとおりに、三日目によみがえられたこと、また、ケパに現れ、それから十二弟子に現れたことです。」と、十字架の死と復活以外にたいせつなものはないことを、聖書の確かさを語るとともに、ケパ、すなわちイエス様を三度知らない、と言ったペテロの名前をあげています。ペテロは「私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。神は、ご自分の大きなあわれみのゆえに、イエス・キリストが死者の中からよみがえられたことによって、私たちを新しく生まれさせて、生ける望みを持つようにしてくださいました。(ペテロの手紙 第一1章3節)」と、聖霊の力に満たされただけでなく、イエス様が死からよみがえられたことによって、死に勝利するいのちを見て、人を恐れず大胆に福音を語る者になったのでした。罪の赦しと永遠のいのちが与えられていることを感謝するとともに、コロナ禍の中、病や死の恐れの中におられる人々に福音が届くように祈ろうではありませんか。