神のことばは、すべて純粋。神は拠り頼む者の盾。神のことばにつけ足しをしてはならない。神が、あなたを責めないように。あなたがまやかし者とされないように。(箴言30章5節―6節)

1.詩篇1830節―34
2.コリント人への手紙 第二 215節―17
3.ペテロの手紙 第一 1 章22節―2章2節

4.ペテロの手紙 第二 1章18節―21節

ペテロはキリスト者が何よりも知っていなくてならないこととして「聖書の預言はみな、人の私的解釈を施してはならない、ということです。なぜなら、預言は決して人間の意志によってもたらされたのではなく、聖霊に動かされた人たちが、神からのことばを語ったのだからです。(ペテロの手紙 第二1章20節―21節)」と、警告されました。人の知恵による心理学の見地からの聖書解釈という記事を目にしたことがありますが、「私たちは、多くの人のように、神のことばに混ぜ物をして売るようなことはせず、真心から、また神によって、神の御前でキリストにあって語るのです。(コリント人への手紙 第二2章17節)」というパウロのことばに、同様の問題がすでにあったことを見ることができます。パウロは「十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。それはこう書いてあるからです。『わたしは知恵のある者の知恵を滅ぼし、賢い者の賢さをむなしくする。』知者はどこにいるのですか。学者はどこにいるのですか。この世の議論家はどこにいるのですか。神は、この世の知恵を愚かなものにされたではありませんか。(コリント人への手紙 第一 1章18節―20節)生まれながらの人間は、神の御霊に属することを受け入れません。それらは彼には愚かなことだからです。また、それを悟ることができません。なぜなら、御霊のことは御霊によってわきまえるものだからです(コリント人への手紙2章14節)」と、この世や人の知恵では理解でいない世界があることを語っています。ソロモンは「死んだはえは、調合した香油を臭くし、発酵させる。少しの愚かさは、知恵や栄誉よりも重い。(伝道者の書10章1節)」と語っています。神はこの世の知恵を愚かにされたとあります。今日の聖句「神のことばは、すべて純粋。神は拠り頼む者の盾。神のことばにつけ足しをしてはならない。神が、あなたを責めないように。あなたがまやかし者とされないように。」を心に据えて、人の知恵による心理学による聖書解釈に心がとらわれないように、みことばに「アーメン」と応答し、神のことばである純粋なみことばで生きるようにしようではありませんか。