まことに、すべての国々の民は、おのおの自分の神の名によって歩む。しかし、私たちは、世々限りなく、私たちの神、主の御名によって歩もう。(ミカ書4章5節)

1.ゼカリヤ書106節―12
2.ヨハネの福音書1624
3.ヨハネの福音書176節―20
4.ピリピ人への手紙32節―9

イエス様は十字架に架けられる前に「父よ。時が来ました。あなたの子があなたの栄光を現すために、子の栄光を現してください。」と仰せられてから、「わたしはもう世にいなくなります。彼らは世におりますが、わたしはあなたのみもとにまいります。聖なる父。あなたがわたしに下さっているあなたの御名の中に、彼らを保ってください。それはわたしたちと同様に、彼らが一つとなるためです。」と、御名はイエス様に与えられていること、キリスト者が主の御名の中に保たれることを願われたのでした(ヨハネの福音書17章1節及11節)。今日の聖句は「まことに、すべての国々の民は、おのおの自分の神の名によって歩む。しかし、私たちは、世々限りなく、私たちの神、主の御名によって歩もう。」と勧めています。巨人ゴリアテが一対一で勝負しようということばにサウルとイスラエルのすべてが意気消沈して非常に恐れていたのですが、ダビデは「おまえは、剣と槍と、投げ槍を持って、私に向かって来るが、わたしは、おまえがなぶったイスラエルの戦陣の神、万軍の主の御名によって、おまえに立ち向かうのだ。きょう、主はおまえを私の手に渡される。私はおまえを打って、おまえの頭を胴体から離し、きょう、ペリシテ人の陣営のしかばねを、空の鳥、地の獣に与える。すべての国は、イスラエルに神がおられることを知るであろう。この全集団も、主が剣や槍を使わずに救うことを知るであろう。この戦いは主の戦いだ。主はおまえたちをわれわれの手に渡される。」と宣言され、石を一つ取って石投げでそれを放ったところゴリアテの額に食い込んで彼は倒れたのでした。ダビデ は「この全集団」と、敵であるペリシテ人だけでなく、サウルもイスラエルの民も主の御名の威力を知ることになると言われたのです。キリスト者となったパウロも神がイエス様に与えられた御名がどれほどのものであるのかを知ったのでした(ピリピ人への手紙2章6節―11節)。主イエス様の御名にある威力がどれほどのものなのかを心に留めて祈るとともに、キリスト・イエスの中にある者とされていることを(ピリピ人への手紙3章9節)自覚して生きようではありませんか。