私のたましいは黙って、ただ神を待ち望む。私の望みは神から来るからだ。(詩篇62篇5節)

1.哀歌322節―26
2.ローマ人への手紙101節―3
3.ローマ人への手紙15章4節―13

人は将来に対するさまざまな望みをもって生活していますが、パウロが「だれもみな自分自身のことを求めるだけで、キリスト・イエスのことを求めてはいません。(ピリピ人への手紙2章21節)」と語っているように、その望みは自分に益となるものであり、多くの場合、欲によって起こされるものではないでしょうか。しかし、コロナウイルスの感染によって、その影響は健康面だけでなく経済にも大きな影を落とし、恐れと不安が世界を覆っており、世界中の人の願いは薬の開発とコロナウイルスの終息にあるのではないでしょうか。そのために神がこの疫病を終息してくださるように祈ることは大切ですが、今日の聖句は「私のたましいは黙って、ただ神を待ち望む。私の望みは神から来るからだ。」と神から与えられる望みがあることを、その望みを知るための秘訣を「黙って神を待ち望む」と語っていますが、それは単に「沈黙」を意味するものではなく、たましいを沈める、すなわち目線や心が「自分」や「他者」「この世」ではなく主に向かうためのものであり、「祈り」の本質に触れるもののように思われます。とかく、静まって私たちの神がどのような方であるかを思い起こす時間よりも、自分の願いを祈るだけで祈りを終えてしまいがちではないでしょうか。ピリピ人への手紙2章13節―16節「神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行わせてくださるのです(口語訳:あなたがたのうちに働きかけて、その願いを起こさせ、かつ実現に至らせるのは神であって、それは神のよしとされるところだからです)。すべてのことを、つぶやかず、疑わずに行いなさい。それは、あなたがたが、非難されるとことのない純真な者となり、また、曲がった邪悪な世代の中にあって傷のない神の子どもとなり、いのちのことばをしっかり握って、彼らの間で世の光として輝くためです。」を心に据えて、世の人々と同調してつぶやいたり、政府を非難したりせずにかえって彼らに主が働かれるように執りなして祈るとともに、人々の救いのために祈ろうではありませんか(テモテへの手紙 第一2章1節ー4節)。