肉によって無力となったため、律法にはできなくなっていることを、神はしてくださいました。神はご自分の御子を、罪のために、罪深い肉と同じような形でお遣わしになり、肉において罪を処罰されたのです。(ローマ人への手紙8章3節)

1.ローマ人への手紙319節―26
2.ガラテヤ人への手紙38節―14
3.ヘブル人への手紙711節―28

ひとりの人が「先生。永遠のいのちを得るためには、どんな良いことをしたらよいのでしょうか。」と、イエス様に尋ねたので、イエス様は「なぜ、良いことについて、わたしに尋ねるのですか。良い方は、ひとりだけです。もし、いのちに入りたいと思うなら、戒めを守りなさい。」が答えると、「どの戒めですか」と再度尋ねたので、イエス様は「殺してはならない。姦淫してはならない。盗んではならない。偽証してはならない。父と母を敬え。あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。」と言われると、「そのようなことはみな、守っております。なにがまだ欠けているのでしょうか。」と尋ねたので、イエス様は「もし、あなたが完全になりたいなら、帰って、あなたの持ち物を売り払って貧しい人たちに与えなさい。そうすれば、あなたは天に宝を積むことになります。そのうえで、わたしについて来なさい。」と仰せられましたが、彼は多くの財産をもっていたので悲しんで去っていった、とあります(マタイの福音書19章16節―22節)。ヤコブの手紙2章8節―10節が「もし、ほんとうにあなたがたが、聖書に従って、『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』という最高の律法を守るなら、あなたがたの行いはりっぱです。しかし、もし人をえこひいきするなら、あなたがたは罪を犯しており、律法によって違反者として責められます。律法全体を守っても、一つの点でつまずくなら、その人はすべてを犯した者となったのです。」と語っているように、彼は隣人を愛している、と思っていましたが実際はそうでなかったことが明らかにされたのでした。人は秩序を保つために規則を作りますが、規則が細部にわたって多くなればなるほど、人は完全ではないので、違反も増えることになるのではないでしょうか。すべての人はこの世に生まれてからこの世を去るまでさまざまな罪を積み上げながら生きており、罪を消すことはできませんが、罪を取り除いてくださるイエス様をこの世にお遣わしになったのですが、今日の聖句は「肉によって無力となったため、律法にはできなくなっていることを、神はしてくださいました。神はご自分の御子を、罪のために、罪深い肉と同じような形でお遣わしになり、肉において罪を処罰されたのです。」と、イエス様を人としてこの世にお遣わしにならなければならなかった理由を語っています。クリスマスのこの時期、人にはできないことをしてくださる神を、罪に対する神の裁きや永遠の死、すなわち地獄から救うために十字架の死まで従われたイエス様を多くの人が信じることができますように祈ろうではありませんか。