御名を知る者はあなたに拠り頼みなす。主よ。あなたはあなたを尋ね求める者をお見捨てになりませんでした。(詩篇9篇10節)

1.サムエル記 第一 301節―19
2.使徒の働き31節―16
3.ピリピ人への手紙26節―11

イエス様が「わたしの父がわたしに王権を与えてくださったように、わたしもあなたがたに王権を与えます。それであなたがたは、わたしの国でわたしの食卓に着いて食事をし、王座に着いて、イスラエルの十二部族をさばくのです。シモン、シモン。見なさい。サタンが、あなたがたを麦のようにふるいにかけることを願って聞き届けられました。しかし、わたしは、あなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈りました。だからあなたは、立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」と仰せられると、ペテロは「主よ。ごいっしょになら、牢であろうと、死であろうと、覚悟はできております。」と申し上げましたが、イエス様が「ペテロ。あなたに言いますが、きょう鶏が鳴くまでに、あなたは三度、わたしを知らないと言います。」と預言されたように、ペテロは三度イエス様を否定したのですが、聖霊の力に満たされたペテロは「美しの門」で宮に入る人たちから施しを求めて生活していた生まれつき足のなえた人に「金銀は私にはない。しかし、私にあるものを上げよう。ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい。」と言って、彼の右手をとって立たせると、たちまち彼の足とくるぶしが強くなり、おどり上がってまっすぐに立ち、歩きだし、歩いたり、はねたりしながら、神を賛美しつつペテロとヨハネとともに宮に入って行ったのでした。ペテロは今日の聖句が「御名を知る者はあなたに拠り頼みなす。主よ。あなたはあなたを尋ね求める者をお見捨てになりませんでした」と語っているように主の御名を知る者となったのでした。イエス様に遣わされた70人の弟子たちは喜んで帰ってきて「主よ。あなたの御名を使うと、悪霊どもでさえ、私たちに服従します。(ルカの福音書10章17節)」とイエス様に報告しました。イエス様は「あなたがたは今まで、わたしの名によって求めたことはありません。求めなさい。そうすれば受けるのです。それはあなたがたの喜びが満ちたものとなるためです。(ヨハネの福音書16章24節)」と仰せられました。私たちは主の御名によっていつも祈りますが、その威力をあまり考えないで祈っている可能性があるのではないでしょうか。ペテロのように、主の御名が持つ権威や力がどれほどのものなのかをみことばは私たちに教えておられます。祈りの答えがなかなか与えられないような時には、主から見捨てられたなどと考えずに、主の時がまだ来ていないことを心に留め、聖霊に満たされたペテロのように本当の意味で「主の御名知る者」となり、主に拠り頼んだ生活をしようではありませんか。