聖書箇所

私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。(ピリピ人への手紙4章13節)

<関連聖句>

1.士師記161節―30
2.使徒の働き13節―8
3.使徒の働き41節―14

<メッセージ>

イエス様は「まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしを信じる者は、わたしの行うわざを行い、またそれよりもさらに大きなわざを行います。わたしが父のもとに行くからです。(ヨハネの福音書14章12節)」と仰せられましたが、その一方で「わたしには、あなたがたに話すことがまだたくさんありますが、今あなたがたはそれに耐える力がありません。しかし、その方、すなわち真理の御霊が来ると、あなたがたをすべての真理に導き入れます。御霊は自分から語るのではなく、聞くままを話し、また、やがて起ころうとしていることをあなたがたに示すからです。(ヨハネの福音書16章12節―13節)」と、昇天される前には「聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります(使徒の働き1章8節)」と、キリストの証人となるためには、人の力ではなく聖霊によって与えられる神の力が必要であることを弟子たちに語ったのでした。ペンテコステの日に聖霊が下り、聖霊に満たされたペテロはもはや人を恐れ、イエス様を三度否定したペテロとは思えないほどの大胆さをもって「イスラエルの人々は、このことをはっきりと知らなければなりません。すなわち、神が、今や主ともキリストともされたこのイエスを、あなたがたは十字架につけたのです。」と話すと、人々は心を刺されて「兄弟たちどうしたらよいでしょうか」と尋ね、3000人がバプテスマを受け初代教会がスタートしたのです。キリスト者となり聖霊に満たされたパウロは主に豊かに用いられましたが、その反面ユダヤ人から信じられないほどのひどい迫害を受けただけでなく、キリスト者からも非難されることがありましたが(コリント人への手紙第二11章16節―30節)、それらのことに屈せず、最後まで福音宣教の働きをされ、信仰をつらぬいた秘訣は今日の聖句「私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。」にあるのではないでしょうか。弱さを覚える時、鬱のような状態に陥った時、自分のみじめさの中に座り込むのではなく、パウロが自分のみじめさを知るとともにキリストを見上げることによって神の愛に気づいて力を得たように(ローマ人への手紙7章24節―8章2節及び8章33節―39節)、自分や他者から目を離し、信仰の完成者であるイエス様のことを考え、どんな状態にあってもそれを乗り越える力を与えてくださる聖霊様が働きやすように神の安息の中に入るようにしようではありませんか。