聖書箇所

みことばを心に留める者は幸いを見つける。主に拠り頼む者は幸いである。(箴言16章20節)

<関連聖句>

1.詩篇3730節―31
2.詩篇404節―8
3.ヤコブの手紙120節―21

メッセージ本文

エレミヤ書17章9節は「人の心はなによりも陰険で、それは直らない。」と、生まれながらの人の心の状態を語っています。ところで、通常「良心」は良いものと考えられがちですが、ヘブル人への手紙10章22節は「私たちは、心に血の注ぎを受けて邪悪な良心をきよめられ、からだをきよい水で洗われたのですから、全き信仰をもって、真心から神に近づこうではありませんか」と、良心さえも邪悪であると語るとともに、良心がきよめられるためにはイエス様を信じることが不可欠であることを語っていますが、良心がきよくされたキリスト者であっても、この世を去るまでの間、ことばで失敗したり、欲に支配されてさまざまな間違いをしたりするのではないでしょうか。イエス様は間違いをする前にすでにどんな間違いをするかご存知でとりなしていてくださるので、キリスト者は罪に定められることはありませんが、日々、キリスト者がつまずいたり、よろけたり、罪を犯さない秘訣を詩篇37篇31節は「正しい者の口は知恵を語り、その舌は公義を告げる。心に神のみおしえがあり、彼の歩みはよろけない。」と、詩篇119篇11節も「あなたに罪を犯さないため、私は、あなたのことばを心にたくわえました。」と、みことばを覚えることも大切ですが、蓄えられている場所が頭だけではなく、心にたくわえることが鍵であることを語っています。日々の人間関係においても、予想外、予定外のことが起きても「雀一羽でも父のお許しなしに地に落ちることはない」と仰せられた主のことばを思い起こし(マタイの福音書10章29節)、箴言3章5節―6節の「心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りにたよるな。あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。」という勧めに従って、主の権威を認めて日々生きるなら、心にみことばがたくわえられ、今日の聖句が「みことばを心に留める者は幸いを見つける。主に拠り頼む者は幸いである。」と語っているように、この世が与えることのできない、人が考えたこともない幸いな人生を歩むことができるのではないでしょうか。