聖書箇所

民よ。どんなときにも、神に信頼せよ。あなたがたの心を神の御前に注ぎ出せ。神はわれらの避けどころである。(詩篇62篇8節)

<関連聖句>

1.詩篇371節―6
2.詩篇1124節―8
3.ピリピ人への手紙44節―7

<メッセージ>

「喜怒哀楽」ということばが象徴するように、人は一生の間、喜んだり、怒ったり、悲しんだり、楽しんだりしますが、それら感情は状況が一変すると、喜びや楽しみは怒りや悲しみに変わってしまうような弱さを抱えているので、安定感を欠いたデコボコの人生を生きることになるのではないでしょうか。しかし、イザヤ書26章7節は「義人の道は平らです。あなたは義人の道筋をならして平らにされます。」と、イエス様を信じて義人とされたキリスト者のために、主は道筋をつけ、デコボノの道を平らにしてくださることを語っています。ペテロは「あなたがたは、信仰により、神の御力によって守られており、終わりのときに現されるように用意されている救いをいただくのです。そういうわけで、あなたがたは大いに喜んでいます。いまは、しばらくもの間、さまざまな試練の中で、悲しまなければならないのですが、あなたがたの信仰の試練は、火で精錬されつつなお朽ちて行く金よりも尊く、イエス・キリストの現れのときに称賛と光栄と栄誉になることがわかります。(ペテロの手紙第一1章5節―7節)」と、試練に会い、悲しむようなことを経験しますが、試練を正しく把握すれば、信仰の試練は神が喜ぶような成熟した信仰者になるためのものであることを認めることができるのではないでしょうか。そして、人間関係の問題やさまざまな問題が私たちに臨むのを主が許されるのは、私たちが「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っている。(ローマ人への手紙8章28節)」と語っているパウロと同じように知っているかどうかを吟味するためなのではないでしょうか。今日の聖句「民よ。どんなときにも、神に信頼せよ。あなたがたの心を神の御前に注ぎ出せ。神はわれらの避けどころである。」を、心に据え、どんなときにも、どんな状態に置かれても、心の内をすべて主に申し上げるだけでなく、信仰の完成者であり、すべてを益にすることのできる神である主イエス様を信頼して生きようではありせんか。