聖書箇所

草は枯れ、花はしぼむ。だが、私たちの神のことばは永遠に立つ(イザヤ書40章8節)

<関連聖句>

1.イザヤ書5510—11
2.マルコの福音書169—20
3.ペテロの手紙 第一1章23節―25節

<メッセージ>

ヤコブの手紙3章2節は「私たちはみな、多くの点で失敗するものです。もし、ことばで失敗をしない人がいたら、その人は、からだ全体もりっぱに制御できる完全な人です。」と語ってから、「どのような種類の獣も鳥も、はうものも海の生き物も、人類によって制せられるし、すでに制せられています。しかし、舌を制御することは、だれにもできません。それは少しもじっとしていない悪であり、死の毒に満ちています。私たちは、舌をもって、主であり父である方をほめたたえ、同じ舌をもって、神にかたどって造られた人をのろいます。(ヤコブの手紙3章7節—9節)」と、人はだれでもことばで間違いをするものであることを語っています。なぜなら、だれも完全ではないからであり、感情に支配されていると、ことの成り行き次第で自分でも思っていなかったようなことばを口走ってしまうのではないでしょうか。しかも、イエス様が弟子たちに「あなたがたは、わたしをだれだと言いますか。」と尋ねられると、ペテロが「あなたは、生ける神の御子キリストです。」と答えたのですが、イエス様は「バルヨナ。シモン。あなたは幸いです。このことをあなたに明らかにしたのは人ではなく、天にいますわたしの父です。」と仰せられてから、イエス様はご自分がエルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから、多くの苦しみを受け、殺され、そして三日目によみがえらなければならないことを弟子たちに示し始めると、ペテロは「主よ。神の御恵がありますように。そんなことが、あなたに起こるはずはありません。」とイエス様のことばを否定おするようなことを言ったので、イエス様は「下がれ。サタン。あなたはわたしの邪魔をするものだ。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている。」と仰せられました。神からの啓示を受けて話すときもあれば、神のことばを否定して情で語るように仕向ける悪魔の策略に陥って発言するようなことがありますが、神は悪に誘惑されることがなく、いつも真理を、真実を語っていますし、今日の聖句が「草は枯れ、花はしぼむ。だが、私たちの神のことばは永遠に立つ」と語っているように、永遠に変わることがない、たとえ天地が滅びても主のことばは滅びることがなく(マタイの福音書24章35節)、必ず成就するのです。ですから、永遠のいのちのことばをお持ちのイエス様が「まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしのことばを聞いて、わたしを遣わした方を信じる者は、永遠のいのちを持ち、さばきに会うことなくて、死からいのちに移っているのです。(ヨハネの福音書5章24節)」と仰せられたことばは信じるに値するものであり、やがて経験することになります。主のことばは人のことばのようでないことを感謝して生きようではありませんか。