聖書箇所

主はそのしもべのたましいを贖い出される。主に身を避ける者は、だれも罪に定められない。(詩篇34篇22節)

<関連聖句>

1.ローマ人への手紙724節➖83
2.ローマ人への手紙833節―34
3.コリント人への手紙第一44節―5
4.エペソ人への手紙13節―7

<メッセージ>

主はアダムに「あなたは園のどの木からでも思いのまま食べてよい。しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるとき、あなたは必ず死ぬ。」と命じられましたが、その時にエバは存在していなかったために神の警告のことばを直接聞いていなかったために、悪魔のいつわりの言葉を信じて食べてしまい、そばにいたアダムに与えたので、アダムは神の警告のことばよりも妻の声に聞き従って食べたことによって人類に死が入ってしまったのですが、罪の赦しと永遠のいのちを与えるために、御子イエス様を人としてこの世にお遣わしになったのでした。パウロは「私は、自分でしたいと思う善を行わないで、かえって、したくない悪を行なっています。もし私が自分でしたくないことをしているのであれば、それを行なっているのは、もはや私ではなくて、私のうちに住む罪です。そういうわけで、私は、善をしたいと願っているのですが、その私に悪が宿っているという原理を見いだすのです。すなわち、私は、内なる人としては、神の律法を喜んでいるのに、私のからだの中には異なった律法があって、それが私の心の律法に対して戦いをいどみ、私を、からだの中にある罪の律法のとりこにしているのを見いだすのです。私は、ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくださるでしょうか。」と心の葛藤を覚えて苦しみましたが、今日の聖句は「主はそのしもべのたましいを贖い出される。主に身を避ける者は、だれも罪に定められない。」と語っているようにパウロも「今は、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。」と解決がキリストにあることを宣言したのでした(ローマ人への手紙7章19節―8章1節)。パウロが「あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。ですから自分のからだをもって、神の栄光を現しなさい。」と勧めているように、イエス様によって贖われた者であることを感謝し、月が太陽の光を反射して、夜、光を放っているように、栄光の主を仰ぎ見て神である主の栄光を反映するような生き方をしようではありませんか。