人の道は主の目の前にあり、主はその道筋 のすべてに心を配っておられる。(箴言5章21節)
1.詩篇 139篇1節―16節
2.イザヤ書46章3節―13節
3.エペソ人への手紙1章 3節―6節
4.ペテロの手紙第一5章7節―11節
私たちは誰もいつ、どこで、どのような両親のもとで生まれるのかを知らないで誕生しますが、エレミヤ書1章4節―5節に「次のような主のことばがあった。『わたしは、あなたを胎内に形造る前から。あなたを知り、あなたがはらから出る前から、あなたを聖別し、あなたを国々への預言者と定めていた。』」と、パウロが「私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。神はキリストにあって、天にあるすべての霊的祝福をもって私たちを祝福してくださいました。すなわち、神は私たちを世界の基の置かれる前から彼にあって選び、御前で聖く、傷のない者にしようとされました。(エペソ人への手紙1章3節―4節)」と語っているように、驚くべきことに人は母の胎内に宿る前から主に知られている存在であることを語っていますし、今日の聖句が「人の道は主の目の前にあり、主はその道筋 のすべてに心を配っておられる。」と語っているように、ペテロは「たとい全部の者があなたのゆえにつまずいても、私は決してつまずきません。(マタイの福音書26章33節)」と豪語しましたが、イエス様はペテロが三度イエス様を知らないということを、信仰を失ってしまうような状態に陥ることをご存知でペテロの信仰がなくならないように祈られました(ルカの福音書22章32節)。その失敗を通してペテロは信仰と希望は神にかかっていることを知る者となられ(ペテロの手紙第一1章21節)、「あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、食い尽くすべきものを捜し求めながら歩き回っています。堅く信仰に立って、この悪魔に立ち向かいなさい。(ペテロの手紙第一5章9節)」と勧める人に変えられました。ペテロのように私たちの失敗をも益にしてくださるイエス様がおられるから大丈夫、と主を信頼して生きるように心がけようではありませんか。