義のいけにえをささげ、主に拠り頼め。(詩篇4篇5節)
1.ヨハネの福音書15章22節―16章4節
2.ローマ人への手紙3章9節―30節
3.ローマ人への手紙10章1節―4節
4. ピリピ人への手紙3章2節―9節
イエス様が弟子たちに「人々はあなたがたを会堂から追放するでしょう。事実、あなたがたを殺す者がみな、そうすることで自分は神に奉仕しているのだと思う時が来ます。彼らがこういうことを行うのは、父をもわたしをも知らないからです。(ヨハネの福音書16章2節―3節)」と仰せられたように、パウロは律法による自分の義に生きていた時にはキリストを信じる信仰によって与えられる神の義を知らずにキリスト者を迫害していたのですが、キリスト者となった彼は自分の義ではなく神の義に生きる者となり、同胞のユダヤ人から迫害される身となりましたが、彼は「兄弟たち。私が心の望みとし、また彼らのために神に願い求めているのは、彼らの救われることです。私は、彼らが神に対して熱心であることをあかしします。しかし、その熱心は知識に基づくものではありません。というのは、彼らは神の義を知らず。自分自身の義を立てようとして、神の義に従わなかったからです。(ローマ人への手紙10章1節―3節)」と、自分の義に生きる危険性を語っています。イエス様は自分を義人と自任していても神が義人と認めた人はパリサイ人ではなく、自分の胸をたたいて「神さま。こんな罪人をあわれんでください。」と申し上げた取税人であることを話されました(ルカの福音書18章9節―14節)。今日の聖句が「義のいけにえをささげ、主に拠り頼め。」と勧めているように、自分の義、すなわち自分こそ正しいという生き方ではなく、私たちのことを私たち自身よりもよくご存知な主であり、全てのことを益としてくださるだけでなく、私たちの信仰がなくならないように祈っていてくださる主に拠り頼んで生きるように心がけようではありませんか。