私は、神に信頼しています。それゆえ恐れません。人が、私に何をなしえましょう。(詩篇56篇11節)

1.箴言3章3節ー8節
2.マタイの福音書10章24節ー31節
3.ローマ人への手紙8章28節ー39節
4.ヨハネの手紙第一4章14節ー18節

パウロが「あなたがたは、人を再び恐怖に陥れるような、奴隷の霊を受けたのではなく、子としてくださる御霊を受けたのです。私たちは御霊によって、『アバ、父』と呼びます。」と語っているように、恐れは悪しき者であるサタンや悪霊によものですが、パウロが「神の全能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるのかを、あなたがたが知ることができますように。(エペソ人への手紙1章19節)」と語っているように、神がキリスト者を用いて働かれるのと同じように、イエス様がイエス様のことを殺そうとしているユダヤ人に「あなたがたは、あなたの父である悪魔から出た者であって、あなたがたの父の欲望を成し遂げたいと願っていることです。悪魔は初めから人殺しであり、真理に立ってはいけません。(ヨハネの福音書8章44節)」と語ったように、悪魔や悪霊も人を使いますが、イエス様は「からだを殺しても、たましいを殺せない人たちなどを恐れてはなりません。そんなものより、たましいもからだも、ともにゲヘナで滅ぼすことのできる方を恐れ(畏れ)なさい。」と、人を恐れるよりも神がどんな偉大な方であるのかを思い起こして畏敬の念をもって生きるように勧めています(マタイの福音書10章28節)。ところで、ヨハネは「愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します。ぜなら恐れには刑罰が伴っているからです。(ヨハネの手紙第一4章18節)」と十字架で示された神の愛のみが恐れを取り除くことができることを語っています。今日の聖句が「私は、神に信頼しています。それゆえ恐れません。人が、私に何をなしえましょう。」と語っているように、すべての人の心と思いをご存知な主を信頼して生きるようにしようではありませんか。