どうか父が、その栄光の豊かさに従い、御霊により、力をもって、あなたがたの内なる人を強くしてくださいますように。(エペソ人への手紙3章16節)
1.使徒の働き1章3節ー8節
2.ローマ人への手紙7章15節ー23節
3.コリント人への手紙第一2章7節ー16節
4.コリント人への手紙第二4章15節ー18節
パウロは「私は、内なる人としては、神の律法を喜んでいるのに、私のからだの中には異なった律法があって、それが私の心の律法に対して戦いをいどみ、私をからだの中にある罪の律法のとりこにしているのを見いだすのです。私は、ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか。」と悩みましたが「今は、キリスト・イエスにある者が、罪に定められることは決してありません。なぜなら、イエス・キリストにある、いのちの御霊の原理が、罪と死の原理から、あなたを解放したからです。」と解決を得るとともに「肉の思いは死であり、御霊による思いは、いのちと平安です。というのは、肉の思いは神に対して反抗するものだからです。それは神の律法に服従しません。いや、服従できないのです。」と、みことばを知っていても、みことばに生きることがのできない原因を指摘されるとともに(ローマ人への手紙7章22節ー8章2節及び6節ー7節)、「私は言います。御霊によって歩みなさい。そうすれば、決して肉の欲望を満足させるようなことはありません。(ガラテヤ人への手紙5章16節)」と勧めていますが、「どうか父が、その栄光の豊かさに従い、御霊により、力をもって、あなたがたの内なる人を強くしてくださいますように。」と祈られたのは、内なる人を自分の力で強くすることができないことを体験されたがゆえではないでしょうか。みことばに生きられるように内なる人を強くしてくださるように御霊で満たしてくださるように祈ろうではありませんか。