助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、また、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思いおこさせてくださいます。(ヨハネの福音書14章26節)
1.使徒の働き2章14節ー42節
2.コリント人への手紙第一2章7節ー16節
3.テモテへの手紙第二2章1節ー7節
4.テモテへの手紙第二3章16節ー17節
イエス様が弟子たちの足を洗ってから手ぬぐいでふき始められ、ペテロのところに来られると「主よ。あなたが、私の足を洗ってくださるのですか。」と申し上げると、イエス様は「わたしがしていることは、今はあなたにはわからないが、あとでわかるようになる。」と、わからないことがあることとわかるときが来ることを話されたのでした。当時、足を洗うことは奴隷の働きでしたので、どうしてイエス様が足を洗ってくださるのかわからなかったように、ソロモンが「神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠(口語訳:永遠の思い)を与えられました。しかし人は、神が行われることができない(伝道者の書3章11節)」と語っているように、私たち自身にも理解できないようなことが起こることがありますが、パウロは「主はすべてのことについて、理解する力を必ず与えてくださいます。(テモテへの手紙2章7節)」と、理解する力が必ず与えられることを確信し、テモテを励ましています。その力はイエス様が「助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、また、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思いおこさせてくださいます。」と語っているように、御霊の働きであることがわかります。確かに聖霊の力に満たされたペテロは、もはや人を恐れずに、大胆にイエス様のことを話されたのでした。パウロが「怒っても、罪を犯してはなりません。日が暮れるまで憤ったままでいてはいけません。悪魔に機会を与えないようにしなさい。」と勧告するとともに「神の御霊を悲しませてはいけません。あなたがたは、贖いの日のために、聖霊によって証印を押されているのです。(エペソ人への手紙4章26節ー27節及び30節)」と、語っているように、キリスト者にはすべてのことを教え、主のことばを思い起こさせてくださる御霊がすでに与えられていることを忘れずに、自分の思いや情に流されることなく、御霊によって書かれているみことばをしっかりに握って生きようではありませんか。
