また、祈るとき、異邦人のように同じことばを、ただ繰り返してはいけません。彼らはことば数が多けれは聞かれると思っているのです。だから、彼らのまねをしてはいけません。あなたがたの父なる神は、あなたがたがお願いする先に、あなたがたに必要なものを知っておられるからです。(マタイの福音書6章7節ー8節)

1.マタイの福音書6章27節ー34節
2.ヨハネの福音書3章16節ー17節
3.ローマ人への手紙8章3節ー4節
4.ヘブル人への手紙7章14節ー28節

祈り終えたイエス様に弟子のひとりが「主よ。ヨハネが弟子たちに教えたように、私たちにも祈りを教えてください。」と申し上げると(ルカの福音書11章1節)、イエス様は「また、祈るとき、異邦人のように同じことばを、ただ繰り返してはいけません。彼らはことば数が多けれは聞かれると思っているのです。だから、彼らのまねをしてはいけません。あなたがたの父なる神は、あなたがたがお願いする先に、あなたがたに必要なものを知っておられるからです。」と、仰せられてからまず父なる神を仰ぎ見て祈ることを話されてから「私たちの日ごとの糧をきょうもお与えください。」と、日々の生活に必要なものを主が与えてくださるように祈るように仰られましたが、ヘブル人への手紙7章26節は「きよく、悪も汚れもなく、罪人から離れ、また、天よりも高くされた大祭司こそ、私たちにとってまさに必要な方です。」と、全人類に必要な方はキリストであることを語っています。なぜなら、死をもたらす罪やサタンの手から救うことができるのは罪を取り除いてくださる、悪魔に勝利されたイエス・キリスト以外におられないからですが、イエス様が仰せられたように、人類を救うために御子イエス様を人としてこの世にお遣わしになった神が私たちにとって何が必要なのかを一番よくご存知であるだけでなく、必要なものであれば与えてくださることを心に据えて、パウロが「何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。(ピリピ人への手紙4章6節)」と勧めているように、感謝をもって祈りや願い事を正直に申し上げるとともに、主をほめたたえて生きようではありませんか。